騎士団小隊長ヨウカの剣

かかし仙人

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第四章

騎士団小隊長ヨウカの剣 第四章

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 異変は翌日始まった。
 朝、目を覚ましたヨウカは、身支度を整え、宿舎を後にする。
 王城へと向かう途中の道で、同じ隊に所属する騎士が前方に見えた。
「おーい!」
 騎士は振り返る。
「おはよう」
 追いついたヨウカは、挨拶をするが……
「何者だ!」
「え?」
 予想外の返答に思わず固まってしまう。
「やだなー。もうその手には乗らないんだから」
 そう言って、一歩近づいたヨウカだったが……
「怪しい奴め! そこに直れ!」
 騎士は剣を引き抜き、ヨウカの方へ構える。
 異変を感じとったのか、周囲にいた騎士達も駆けつけて来た。
 その中には、ユートの姿もあった。
「何があった?」
 ユートが騎士に尋ねる。
「こいつが怪しい動きを見せるので、連行しようとしたところです」
 それを聞いたユートは、今度はヨウカの方へと近づいて来る。
「ユート……。私だよ……わかるよね?」
 ヨウカは祈るように、訴えかけた。だが――
「お前……誰だ?」
 その願いは、木っ端みじんに打ち砕かれた。
「取り敢えず、話は独房で聞いてやる。我が国の装備を身にまとっているところも怪しい」
「そんな……」
 わけが分からない。
 頭の中が真っ白だった。
 そんなヨウカとは対照的に、騎士たちはヨウカを取り囲もうとにじり寄って来る。
 このままではまずい。ヨウカは直感でそう感じ取る。
 捕らえられてしまったら、どうすることもできない。
「くっ! 逃げるのか、卑怯者め!」
 後方から聞こえる声を遠ざけ、この場から離脱することにした。
  
 街の外まで逃げて来たヨウカは、木の下で一呼吸つく。
 魔物も少ないこの辺りなら、街の中よりは安心して考え事ができるだろう、そう思ったのだ。
 どうしてこんなことになったのか。わからないことだらけだ。
「ふふっ、こんなところにいたんですね」 
 しかし、その結論は向こうからやって来た。
「あなたは……」
 目の前に、ワーウルフから助けた女性、サーシャが姿を現した。
「あなたは、私のこと覚えてるのね!」
「ええ」
 微笑を浮かべるサーシャ。
「あー、よかった。よくわからないんだけど、みんな私のこと知らないって言ってきてさ。今からその原因を突き止めようとしてたんだけど……」
「それには及びませんよ」
「え?」
「だって、それって私がやったことですから」
 一陣の風が吹き、周囲の草花を揺らした。
「……何……言ってんの?」
 頭の中の整理が追い付かない。
「私は記憶を司る魔女。この街の住人からは、あなただけの記憶を消去しました」
「え?」
 意味が分からない、と困惑顔となるヨウカ。
「だったら、わかりやすいように教えてあげる。ちょうどカモが来たみたいだし」
 サーシャは視線を横へと移す。
 その先には、ワーウルフがいた。
 まるで二人が初めて会った時のように。
 しかし、その時とは決定的に違う点があった。
 それは、二匹でやって来たという部分だ。 
 様子から察するに、この二匹のワーウルフ達は、互いを信頼し合っているようにみえた。
「一体何を……?」
 疑問を口にするヨウカ。
「見ていればわかりますよ」
 サーシャの取り出した水晶玉が、怪しく赤い光に包まれた。
 直後、光が拡散していき、それはワーウルフへと届く。
 変化はすぐ起こった。
 それまで、二匹でフォーメーションを組み、互いが互いに信頼した動きを見せていたにも関わらず、光を浴びた直後、殺し合いが始まったのだ。
「そんな……」
 ワーウルフたちはお互いを攻撃し合い、そして、互いが互いの喉元を食いちぎることで、殺し合いを終える。
 その場には、無残な亡骸が残され、それを見たヨウカは顔を青白くし、反対にサーシャは満足そうに微笑んだ。
「あのワーウルフから、お互いに関する記憶だけを消去したんです」
 あの紅い光が記憶に干渉する能力を持っているようだ。 
 だから、光を浴びた直後に、殺し合いが始まってしまった、ということか。
 しかし、疑問が残る。
「……どうして、私にそのことを……そもそも、みんなから私だけの記憶をなくしたのは何で?」
 サーシャは、ヨウカに背を向けて語り始める。
「私みたいな魔女は人々から迫害されて、人里から離れた場所に住むしかなかった」
 段々と言葉に感情が帯びていく。
「どうして? 何で私だけこんなみじめな思いをしなければいけないの? だから、私はこの力を人間達に復讐するために使おうと決めたわ。だから各所で人間の記憶を奪うことにした。でも、ただ奪うだけじゃ、復讐にならない。だってそうでしょ? 楽しいことだけじゃなくて、苦しいことも味わえないんじゃ、復讐にならないから」
「まさか……」
「気づいたみたいね。最も信頼されている人間の記憶を、その街に住んでいる人達から消去したのよ。あの時は傑作だったわ。今のあなたと同じ、絶望に染まった表情をしてたっけ」
「もういい!」
 もう耐えきれないと言わんばかりに、話を遮る。
「お願い! みんなの記憶を元に戻して!」
 ヨウカは懇願した。
「こんな楽しいことをやめるわけないでしょ!」
「ふざけないで! あなたの勝手な事情で人をおもちゃみたいに扱わないで!」
「ふーん。だったら、どうするの?」
 ヨウカは立ち上がり、剣を抜いた。
「私は騎士よ。みんなの記憶を取り戻してみせる」
「そうそう、まだ最後の仕上げがまだだったわね」
「どういうこと?」
 最後の仕上げとは何なのか。
 何にしても、悪い予感しかしない。
「サーシャ、助けにきたぞ」
 気がつくと、騎士達に囲まれていた。
 その中には、当然ユートの姿もあった。
「サーシャから聞いたぞ。お前が、連続失踪事件の犯人だったんだな」
「何……言ってんの?」
「とぼけるな! この場で処刑してやる!」
 周囲を完全に包囲され、信頼している仲間達から悲痛な言葉が発せられる。
 ヨウカの心は完全に砕かれてしまった。
 その様子を見たサーシャが、ヨウカに近づき語り始める。
「そうそう。あなたを殺す役目にはユートにやってもらおうと思うの。その後、彼の記憶を戻したら、どうなるのかしら?」
 ヨウカは目を見開いた。
「サーシャ、危ないぞ」
「ええ、すぐにどくわ」
 サーシャとは入れ替わりに、今度はユートがやって来て、剣をヨウカの喉元に突きつけて来る。
「最後に言い残したことはないか」
 とても冷たい声だった。
 こんなのはユートじゃない。
 私が、ユートを、みんなを取り戻さないと!
 心の中でヨウカは覚悟を決めた。
 瞬間、金属がはじけるような音がする。
 ユートの持つ剣を、ヨウカが居合切りではじいたのだ。
 その斬撃は、誰一人として目で追うことは叶わなかった。
 ユートの剣は、少し離れた地面に突き刺さる。
「目を覚ませ!」
 大声で叫んだ。
 ヨウカの叫びが届いたのか、周囲の騎士たちは皆頭を抱えて、苦しそうにうめいている。
「そんな……お前達、さっさとこの娘を殺しなさい」
「無駄よ!」
 神速の剣は、サーシャの持つ水晶玉を一刀両断し、喉元に突きつけられる。
「そんな……信じない。絶対にあり得ない……」
 水晶玉を破壊されたサーシャは、その場にへたり込んだ。
 もう彼女には戦意は残されていなかった。
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