8 / 17
8章
夏の雲
しおりを挟む
日曜日。
一睡もできずに迎えた朝は、身体は眠いと訴えているのに、頭の中はずっと騒がしい。
渡会の顔が浮かぶ度に鼓動が速くなる。
夏休みよりも、誕生日よりも、楽しみにしている今日は、自分にだけサンタクロースがやってきたクリスマスの様に感じている。
好きだったなんて、もちろん渡会に言えるわけはない。ほんの少しでも、彼の時間に自分が存在できただけで、もう恋なんてしなくてもいいと諦めがつく。こんな気持ちになるなんて、私は一生分の思いを使い果たしてしまうんだ。
渡会から電話がきた。
「玄関の前で待ってる。」
「うん。今行く。」
凪は玄関に向かうと、渡会が助手席の窓を開けた。
「おはよう。ここに乗って。」
助手席に乗り込み、シートベルトをつけ終えると、
「おはよう。この前はごめん。」
凪が言った。
「今日はさすがに寝坊しなかったんだ。」
渡会は少し微笑んだ。
日差しにあたる渡会の茶色の髪は、キラキラと輝いて見える。
「渡会はずっとそのまんまだな。」
渡会は頭を指さして言った。
「短くした事もあったんだよ。でも、似合わないし、ハネちゃってダメ。」
凪は自分の前髪を少し触る。
「黒くてうらやましいよ。」
信号待ちで停まった渡会と目が合う。
「私は渡会くんの髪の方がうらやましい。」
凪はそう言うと、目を反らした。
「昼はどうする?」
「近くのコンビニで買っていこうかな。」
「いつもそうしてるのか?」
「そうだね。食べない事の方が多いけど。」
「じゃあ、俺も買っていくよ。試合が終わったら、なんか食べに行こうか。」
中学生の頃は転校生だったためか、あまり話している姿を見たことがない。そうやって普通の会話をできる様になった渡会は、本当は明るい性格だったのかも。
「渡会くんと、一緒にご飯なんて食べられないよ。」
凪は自分が言った言葉をすぐに後悔した。
「なんでだよ。」
「それはその…、緊張するの。渡会くんだけじゃくて、誰かと一緒にご飯を食べるのって。」
「俺もそうだよ。家ではいつも1人だったし、楽しく話しながらご飯を食べるって、けっこう苦手かも。だから腹を満たすだけでいいんだ。帰ってなんか作って食べるんなら、途中で食べて帰ると楽だろう?」
「そうだね。」
渡会が生い立ちは知らない。転校を繰り返す事や、どこか影のある存在は、穏やかな家庭で育ったのではないのだろうと凪は推測した。
本当は楽しく笑って、お前といると時間を忘れるよなんて、そんな風に言われるくらい明るい性格になれたらいいのに。
「だから、バドミントンなんだろう?」
「えっ、なんで?」
「同じ事の繰り返しって安心するから。」
「違うよ。バドミントンは騙し合いでしょう?私はそういうの、本当は得意じゃないの。友達に誘われて始めただけ。」
「渡会、先に焦った方が負けなんだ。同じ動きを繰り返しいるうちに、相手は我慢ができなくなる。」
「それじゃあ、渡会くんの試合って、すごく時間がかかるね。」
「そうかもな。」
確かに渡会は、どんな時も冷静で気持ちを前に出さない。昨日の自分の様に、怒りが全身に溢れて、ムキになって周りと違う事を始めるなんて、渡会にはないだろう。私は人と合わせる努力をしている様で、人を嫌な気持ちにさせる女だ。
「輝さん、知ってるだろう?」
「ああ、白井さん?うん。同じ職場。」
「輝さんは俺の母親の兄さん。」
「へぇ~、そうなの?」
「この前、母親の法事の時に来てくれてさ、渡会の事話してたから。」
「一昨日、会社が停電になって、その時すごくお世話になったの。それまでは、話した事はなかった。」
「輝さんは渡会の事、前から知ってたみたいだよ。ほら、名前が似てるから気になってたんだって。」
渡会はコンビニの前で車を停めた。
飲み物を買おうと手を伸ばすと、渡会も同じ物を選んだ。
「わざとか?」
渡会はそう言って笑った。
おにぎりをカゴに入れ、レジへ持って行こうとす?と、渡会はそのカゴに自分の買ったお弁当とお茶を入れ、一緒に払うと言った。
「いいよ、私が払う。」
後ろに並んでいる人が迷惑そうに順番を待っているのがわかると、凪は急いでレジにお金を出した。
「悪いな、今度は俺が奢るから。」
渡会はそう言ってレジ袋を持った。
試合会場に着くと、いつも平岡達と練習をしているメンバーが先にきていた。
「渡会さん、平岡の右手、骨折だって?」
練習を仕切っている男性が凪の近くに来て言った。
「ええ、そうです。」
凪が答えると、
「あとから応援にくるってさ。」
男性が言った。
凪は渡会のチームの輪に入って準備をした。
「この人が噂の双子?」
チームの1人がそう言って渡会をからかう。
「双子じゃないですよ。」
渡会は楽しそうだった。
「妹さん、この人の動きについていけんの?」
近くの男性が凪に声を掛けてきた。
「だから、妹じゃないって。」
渡会が代わりに答える。
コートを張り終え、各々が練習を始めた。
端のコートで、凪と渡会も打ち合いを始めた。凪のシャトルが少し逸れても、渡会は同じ方向に打ち返してくれる。
ただやらされていた中学生の頃とは違い、渡会が自分にむけて返してくるシャトルの到着が待ち遠しかった。
練習が終わると、それぞれがコートに入る。
渡会はシングルスの方でも登録しているのか、忙しくコートを行ったり来たりしている。凪も空いている時間に線審や主審の手伝いをしているためか、なかなか渡会とは話す事ができない。
「直とは、中学の同級生なんだって?」
凪が水を飲んでいると、隣りに背の高い女性がやってきた。
「そうです。」
凪が答える。
「直、去年の途中からここのチームに入ってね。それまでは中学でバドミントンの顧問だったみたいで、なかなか自由にできなかったみたいよ。ほら、昔と今じゃ、ぜんぜん教え方が違うじゃない?中学生って、難しい年頃だし。」
女性はそう言って、凪を見おろした。
「一緒に組もうって何度も言ったのに、あなたがいたなんてね。」
ちょうど渡会が戻ってきて、もうすぐ試合が始まるからと凪に言った。
即席のペアでも、ずば抜けで上手い渡会のフォローで、なんとかシャトルが繋がっていく。
そのうち相手が自分ばかり責めてくる事がわかると、ただシャトルを拾って返すだけのラリーが続いた。
いつもより長い試合となる。
少しリードして、また追いつかれる。
「焦らなくてもいい。」
渡会がそう言って、凪に声を掛ける。
自分の後ろにいるようで、シャトルが落ちる先を読んでいる渡会は、たいして動かなくても、相手にチャンスを与えるように打ち返している。
相手はシャトルがネットに引っかかるのを持っているが、それが我慢できずに仕掛けるとミスに繋がる。
気の長い渡会の性格は、長く続く駆け引きに適しているのだろう。自分の様に先に結論を求めるせっかちな性格は、やっぱり競技は苦手だ。
何度かの接戦で、やっと試合が終わると、相手も肩で息をしていた。
「渡会ペアとは、できればあたりたくないな。」
相手はそう言って笑ってコートを引き上げた。
「渡会!」
名前を呼ばれて2人で振り返ると、平岡が立っていた。
「そっか、そっちも渡会か。」
平岡が渡会を見て言った。
「どうも。」
渡会は平岡に挨拶をした。
「はじめまして。うちの渡会が世話になります。」
平岡はそう言って渡会を見ている。
「けっこう冷たいですよ。合わせてやらないとダメなヤツです。」
平岡はそう言って、チームの中に戻っていった。
汗が噴き出てくる顔や腕を、手に持っているタオルで拭った。
「俺、水買ってくるけど、渡会もいる?」
「私も行く。」
元々速かった鼓動は、試合で最高潮に速くなると、渡会と一緒にいる事も、自然と受け入れる様になっていく。隣りに並んでいると、それが永遠に続いていくみたいで、凪の気持ちは少し前向きになっていた。
全ての試合が終わり、凪と渡会は後片付けをしていた。
「渡会。」
平岡が自分を呼んでいる。
「行ってこいよ。」
渡会がそういうので、凪は手を止めて平岡の呼ぶ方へむかった。
「ずいぶん楽しそうだな。」
平岡は少し怒っていた。
「そんな事ないです。」
凪は平岡の気持ちを避けるような返事をした。
「来週、ギプスがとれるんだよ。」
凪は平岡の右手を見た。
「手術すんだよ。そのほうが早いからって。渡会、責任感じて、俺の入院の準備、手伝ってくれよ。」
凪は少し考えて、わかりました、と返事をした。
渡会の隣りに戻った凪に、
「帰るか。腹減ったな。」
渡会が言った。
近くの定食屋に入った2人は、出された水をあっという間に飲んだ。
汲んでくるよ、そう言って立ち上がった凪を止めて、渡会は2つコップを持って水を注ぎに行った。
「やべえ、どっちが渡会のかわからなくなった。」
渡会はそう言ってコップを真ん中に置いた。
「たぶんこっち。」
凪はひとつのコップを手に取った。
「昔はそういうの、すごく恥ずかしくってさ。」
「そうだね。ドリンク立てに入れてた私の水筒、渡会くん間違って飲んでたよね?本当は私のだって言いたいのに、周りに冷やかされるのが嫌で、結局水は飲めなかった。」
「あれ、わざとだよ。」
渡会は凪をまっすぐに見つめていた。
「やだ。悪趣味。」
凪は笑って誤魔化した。
なんとなくそれから気まずい空気が流れて、渡会とはぎこちない会話が続いた。
お互い腹の中を探るような会話を避け、当たり障りのない話しを繰り返す。
どちらかが先に何かを仕掛けるかで、それは恋の始まり告げるようで、終わりを宣告されてしまう。
ずっと固まっていた言葉が溶けかけ、賞味期限が切れそうになっている気持ちを抱えきれなくなった凪は、運転する渡会の方を見て聞いた。
「渡会くん、付き合ってる人っているの?」
渡会はチラッと凪を見ると、
「いないよ。」
渡会はそう言った。それ以上の会話が続かないということは、これ以上、この話しをしてはいけないのか。
凪はいたたまれず、スマホを出した。
「彼氏から連絡?」
渡会が言った。
「違うよ。時間を見ただけ。」
「明日は仕事か?」
「そう。渡会くんは?」
「俺も仕事。」
「行きたくないなぁ。」
「なんか休みの日のために働いてるみたいだな。」
「ほんとだね。」
「さっきの人は彼氏か?」
「違う。」
「渡会も俺も、寂しい生活してんだな。」
凪は俯いて笑った。
「それより、これから1時間かけて帰るの大変だね。」
「泊めてくれるか?」
「ダメ。」
「いいだろう。泊めてくれよ。」
「ダメ。だって、明日仕事でしょう?」
「朝早く帰ったらいいから。」
「そんな事したら、返って疲れるよ。」
「じゃあ、諦めるよ。本当は渡会ともう少し話しがしたかったのに。」
渡会は小さくため息をついた。
「やっぱり寄っていかない?せっかく勝ったんだし、一緒に飲もうよ。」
凪は平岡の横顔を見た。
「いいのか?」
「うん。」
一睡もできずに迎えた朝は、身体は眠いと訴えているのに、頭の中はずっと騒がしい。
渡会の顔が浮かぶ度に鼓動が速くなる。
夏休みよりも、誕生日よりも、楽しみにしている今日は、自分にだけサンタクロースがやってきたクリスマスの様に感じている。
好きだったなんて、もちろん渡会に言えるわけはない。ほんの少しでも、彼の時間に自分が存在できただけで、もう恋なんてしなくてもいいと諦めがつく。こんな気持ちになるなんて、私は一生分の思いを使い果たしてしまうんだ。
渡会から電話がきた。
「玄関の前で待ってる。」
「うん。今行く。」
凪は玄関に向かうと、渡会が助手席の窓を開けた。
「おはよう。ここに乗って。」
助手席に乗り込み、シートベルトをつけ終えると、
「おはよう。この前はごめん。」
凪が言った。
「今日はさすがに寝坊しなかったんだ。」
渡会は少し微笑んだ。
日差しにあたる渡会の茶色の髪は、キラキラと輝いて見える。
「渡会はずっとそのまんまだな。」
渡会は頭を指さして言った。
「短くした事もあったんだよ。でも、似合わないし、ハネちゃってダメ。」
凪は自分の前髪を少し触る。
「黒くてうらやましいよ。」
信号待ちで停まった渡会と目が合う。
「私は渡会くんの髪の方がうらやましい。」
凪はそう言うと、目を反らした。
「昼はどうする?」
「近くのコンビニで買っていこうかな。」
「いつもそうしてるのか?」
「そうだね。食べない事の方が多いけど。」
「じゃあ、俺も買っていくよ。試合が終わったら、なんか食べに行こうか。」
中学生の頃は転校生だったためか、あまり話している姿を見たことがない。そうやって普通の会話をできる様になった渡会は、本当は明るい性格だったのかも。
「渡会くんと、一緒にご飯なんて食べられないよ。」
凪は自分が言った言葉をすぐに後悔した。
「なんでだよ。」
「それはその…、緊張するの。渡会くんだけじゃくて、誰かと一緒にご飯を食べるのって。」
「俺もそうだよ。家ではいつも1人だったし、楽しく話しながらご飯を食べるって、けっこう苦手かも。だから腹を満たすだけでいいんだ。帰ってなんか作って食べるんなら、途中で食べて帰ると楽だろう?」
「そうだね。」
渡会が生い立ちは知らない。転校を繰り返す事や、どこか影のある存在は、穏やかな家庭で育ったのではないのだろうと凪は推測した。
本当は楽しく笑って、お前といると時間を忘れるよなんて、そんな風に言われるくらい明るい性格になれたらいいのに。
「だから、バドミントンなんだろう?」
「えっ、なんで?」
「同じ事の繰り返しって安心するから。」
「違うよ。バドミントンは騙し合いでしょう?私はそういうの、本当は得意じゃないの。友達に誘われて始めただけ。」
「渡会、先に焦った方が負けなんだ。同じ動きを繰り返しいるうちに、相手は我慢ができなくなる。」
「それじゃあ、渡会くんの試合って、すごく時間がかかるね。」
「そうかもな。」
確かに渡会は、どんな時も冷静で気持ちを前に出さない。昨日の自分の様に、怒りが全身に溢れて、ムキになって周りと違う事を始めるなんて、渡会にはないだろう。私は人と合わせる努力をしている様で、人を嫌な気持ちにさせる女だ。
「輝さん、知ってるだろう?」
「ああ、白井さん?うん。同じ職場。」
「輝さんは俺の母親の兄さん。」
「へぇ~、そうなの?」
「この前、母親の法事の時に来てくれてさ、渡会の事話してたから。」
「一昨日、会社が停電になって、その時すごくお世話になったの。それまでは、話した事はなかった。」
「輝さんは渡会の事、前から知ってたみたいだよ。ほら、名前が似てるから気になってたんだって。」
渡会はコンビニの前で車を停めた。
飲み物を買おうと手を伸ばすと、渡会も同じ物を選んだ。
「わざとか?」
渡会はそう言って笑った。
おにぎりをカゴに入れ、レジへ持って行こうとす?と、渡会はそのカゴに自分の買ったお弁当とお茶を入れ、一緒に払うと言った。
「いいよ、私が払う。」
後ろに並んでいる人が迷惑そうに順番を待っているのがわかると、凪は急いでレジにお金を出した。
「悪いな、今度は俺が奢るから。」
渡会はそう言ってレジ袋を持った。
試合会場に着くと、いつも平岡達と練習をしているメンバーが先にきていた。
「渡会さん、平岡の右手、骨折だって?」
練習を仕切っている男性が凪の近くに来て言った。
「ええ、そうです。」
凪が答えると、
「あとから応援にくるってさ。」
男性が言った。
凪は渡会のチームの輪に入って準備をした。
「この人が噂の双子?」
チームの1人がそう言って渡会をからかう。
「双子じゃないですよ。」
渡会は楽しそうだった。
「妹さん、この人の動きについていけんの?」
近くの男性が凪に声を掛けてきた。
「だから、妹じゃないって。」
渡会が代わりに答える。
コートを張り終え、各々が練習を始めた。
端のコートで、凪と渡会も打ち合いを始めた。凪のシャトルが少し逸れても、渡会は同じ方向に打ち返してくれる。
ただやらされていた中学生の頃とは違い、渡会が自分にむけて返してくるシャトルの到着が待ち遠しかった。
練習が終わると、それぞれがコートに入る。
渡会はシングルスの方でも登録しているのか、忙しくコートを行ったり来たりしている。凪も空いている時間に線審や主審の手伝いをしているためか、なかなか渡会とは話す事ができない。
「直とは、中学の同級生なんだって?」
凪が水を飲んでいると、隣りに背の高い女性がやってきた。
「そうです。」
凪が答える。
「直、去年の途中からここのチームに入ってね。それまでは中学でバドミントンの顧問だったみたいで、なかなか自由にできなかったみたいよ。ほら、昔と今じゃ、ぜんぜん教え方が違うじゃない?中学生って、難しい年頃だし。」
女性はそう言って、凪を見おろした。
「一緒に組もうって何度も言ったのに、あなたがいたなんてね。」
ちょうど渡会が戻ってきて、もうすぐ試合が始まるからと凪に言った。
即席のペアでも、ずば抜けで上手い渡会のフォローで、なんとかシャトルが繋がっていく。
そのうち相手が自分ばかり責めてくる事がわかると、ただシャトルを拾って返すだけのラリーが続いた。
いつもより長い試合となる。
少しリードして、また追いつかれる。
「焦らなくてもいい。」
渡会がそう言って、凪に声を掛ける。
自分の後ろにいるようで、シャトルが落ちる先を読んでいる渡会は、たいして動かなくても、相手にチャンスを与えるように打ち返している。
相手はシャトルがネットに引っかかるのを持っているが、それが我慢できずに仕掛けるとミスに繋がる。
気の長い渡会の性格は、長く続く駆け引きに適しているのだろう。自分の様に先に結論を求めるせっかちな性格は、やっぱり競技は苦手だ。
何度かの接戦で、やっと試合が終わると、相手も肩で息をしていた。
「渡会ペアとは、できればあたりたくないな。」
相手はそう言って笑ってコートを引き上げた。
「渡会!」
名前を呼ばれて2人で振り返ると、平岡が立っていた。
「そっか、そっちも渡会か。」
平岡が渡会を見て言った。
「どうも。」
渡会は平岡に挨拶をした。
「はじめまして。うちの渡会が世話になります。」
平岡はそう言って渡会を見ている。
「けっこう冷たいですよ。合わせてやらないとダメなヤツです。」
平岡はそう言って、チームの中に戻っていった。
汗が噴き出てくる顔や腕を、手に持っているタオルで拭った。
「俺、水買ってくるけど、渡会もいる?」
「私も行く。」
元々速かった鼓動は、試合で最高潮に速くなると、渡会と一緒にいる事も、自然と受け入れる様になっていく。隣りに並んでいると、それが永遠に続いていくみたいで、凪の気持ちは少し前向きになっていた。
全ての試合が終わり、凪と渡会は後片付けをしていた。
「渡会。」
平岡が自分を呼んでいる。
「行ってこいよ。」
渡会がそういうので、凪は手を止めて平岡の呼ぶ方へむかった。
「ずいぶん楽しそうだな。」
平岡は少し怒っていた。
「そんな事ないです。」
凪は平岡の気持ちを避けるような返事をした。
「来週、ギプスがとれるんだよ。」
凪は平岡の右手を見た。
「手術すんだよ。そのほうが早いからって。渡会、責任感じて、俺の入院の準備、手伝ってくれよ。」
凪は少し考えて、わかりました、と返事をした。
渡会の隣りに戻った凪に、
「帰るか。腹減ったな。」
渡会が言った。
近くの定食屋に入った2人は、出された水をあっという間に飲んだ。
汲んでくるよ、そう言って立ち上がった凪を止めて、渡会は2つコップを持って水を注ぎに行った。
「やべえ、どっちが渡会のかわからなくなった。」
渡会はそう言ってコップを真ん中に置いた。
「たぶんこっち。」
凪はひとつのコップを手に取った。
「昔はそういうの、すごく恥ずかしくってさ。」
「そうだね。ドリンク立てに入れてた私の水筒、渡会くん間違って飲んでたよね?本当は私のだって言いたいのに、周りに冷やかされるのが嫌で、結局水は飲めなかった。」
「あれ、わざとだよ。」
渡会は凪をまっすぐに見つめていた。
「やだ。悪趣味。」
凪は笑って誤魔化した。
なんとなくそれから気まずい空気が流れて、渡会とはぎこちない会話が続いた。
お互い腹の中を探るような会話を避け、当たり障りのない話しを繰り返す。
どちらかが先に何かを仕掛けるかで、それは恋の始まり告げるようで、終わりを宣告されてしまう。
ずっと固まっていた言葉が溶けかけ、賞味期限が切れそうになっている気持ちを抱えきれなくなった凪は、運転する渡会の方を見て聞いた。
「渡会くん、付き合ってる人っているの?」
渡会はチラッと凪を見ると、
「いないよ。」
渡会はそう言った。それ以上の会話が続かないということは、これ以上、この話しをしてはいけないのか。
凪はいたたまれず、スマホを出した。
「彼氏から連絡?」
渡会が言った。
「違うよ。時間を見ただけ。」
「明日は仕事か?」
「そう。渡会くんは?」
「俺も仕事。」
「行きたくないなぁ。」
「なんか休みの日のために働いてるみたいだな。」
「ほんとだね。」
「さっきの人は彼氏か?」
「違う。」
「渡会も俺も、寂しい生活してんだな。」
凪は俯いて笑った。
「それより、これから1時間かけて帰るの大変だね。」
「泊めてくれるか?」
「ダメ。」
「いいだろう。泊めてくれよ。」
「ダメ。だって、明日仕事でしょう?」
「朝早く帰ったらいいから。」
「そんな事したら、返って疲れるよ。」
「じゃあ、諦めるよ。本当は渡会ともう少し話しがしたかったのに。」
渡会は小さくため息をついた。
「やっぱり寄っていかない?せっかく勝ったんだし、一緒に飲もうよ。」
凪は平岡の横顔を見た。
「いいのか?」
「うん。」
10
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる