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第5章
優里の恋
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平井が待っていると言った居酒屋のドアを開ける。
先に来た平井が、こっちと優里を呼んだ。
「来ないかもしれないと思った。」
「個室をとってもらって、お礼くらい言わないと。」
「そっか。何飲む?」
「私、お茶でいい。煌は何も食べれないんだし。」
「少しだけ、いいだろう。」
そう言って、平井は優里にはサワーを頼んだ。
「卓也は飲んでるの。」
「飲んでるよ。」
「明日、手術なのに。」
「明後日も手術だし。」
「よく、飲めるね。」
「今日は、飲まないと話しができないと思ってね。」
「お酒の力を借りるの、昔から変わってないね。」
優里のお酒が運ばれてきた。
「乾杯しよう。カンって鳴らせば、厄除けになるみたいだから。」
優里がグラスを持つと、平井は自分のグラスを優里のグラスに近づけて、カンっと音を鳴らした。
「優里、なんで急にいなくなったんだ。」
「いろいろあったからね。」
「お父さんのガンだって、優里の責任じゃないだろう。」
「会社の健康診断で見つかって、病院の予約がなかなか取れないうちにどんどん進行して、もっと早く手術をしていたら助かったかもしれないと思うと、自分がせっかく看護師をしてたのに、情けなくって。」
「急に病院を辞めて、俺の前からも消えて、実家の近くの小さな診療所にいるって聞いて、何度も連絡したし、会いにも行ったのに…。」
「ごめんなさい。どうしても、会うと辛くなるから。」
「弟さんの事も、もう、責める事はないよ。優里が病院に連れてきたおかげで、病気が見つかったんだから。黒木先生に会えたのも、みんな優里のおかげなんだよ。」
「自分だけ、幸せになる事はできないの。」
「……。」
「やり直さない?」
「ごめん。私だけ、幸せになるわけにはいかないの。」
「俺は家族がいないけど、優里の家族はみんなが気を使って、謝りながら生きてる。せっかく家族なのに、一緒にいる方がかえって淋しくなるだろう。」
「そうかな。」
「大丈夫。弟さん、また野球やらせてあげるから。優里もお母さんも、また、大声で応援してやりなよ。みんなが笑ったら、優里は俺の所へ戻ってきてくれるだろう。」
「無理だよ。本人、その気がないし。」
「大丈夫だよ。彼には野球しかないんだから。」
居酒屋を出た2人。
「今日は宿を取ってるの?」
平井が優里に聞いた。
「お母さんは病院に残ったから、私だけ泊まるの。」
「それなら隣りひとつ空いてる?」
「空いてるけど、別の所へ行けばいいじゃない。医者なら、いくらでもいい所に泊まれるでしょう。」
「医局に泊まろうと思ってたから、ちょうどいいなって思ってさ。」
平井はずっと優里の後をついて来た。
「しつこさは昔のままだね。」
「優里の弟は、どこを守ってたの?」
「ピッチャーよ。」
「へぇ。速さはないけど、コントロールがいいみたいね。お父さんがそう言ってた。」
「俺も小学生の時、少しだけ野球をやらせてもらって、母さんが怪我すると危ないからって、なるべく球のこない所にしてくださいって監督に頼んでた。」
「それなら、野球やる意味がないじゃない。」
「そうだろう。それから勉強しかしてこなかったから、何かに打ち込む事がある人って、すごく羨ましいよ。」
「弟はね、野球しかしてこなかったから、なにもする事がないってよく言うの。最近はずっと漫画読んでた。せっかくバイトも始めて、なんとなく新しい生活に慣れようとしてたのに。」
「なんの漫画?」
「さあ?時々コンビニに買いに行ってたのは知ってるけど。」
「優里はなんかやってたの?」
「私は、職場と家の往復。」
「昔から真面目だったからね。」
「ねぇ、いつまでついてくるの?病院はあっちよ。」
平井は優里の手を握る。
「何?やめてよ。」
手を振り払った優里を、平井は黙って抱きしめた。
「優里。ずっと会いたかった。」
午前2時。
眠れずに窓を見ていた煌。
見回りにきた看護師が声を掛ける。
「早く寝てください。明日、手術なんでしょう。」
「この雪、ずっと降るんですか?」
「さっき大雪警報が出てましたよ。」
「こんなに積もったら、あそこに車停められないですね。」
「大丈夫。こっちには除雪のプロがちゃんといるのよ。」
「ほら、もう横になって。」
俺、死ぬのかな。
もし、手術が失敗したら、多岐と同じく、何もなくなってしまうのかな。
先に来た平井が、こっちと優里を呼んだ。
「来ないかもしれないと思った。」
「個室をとってもらって、お礼くらい言わないと。」
「そっか。何飲む?」
「私、お茶でいい。煌は何も食べれないんだし。」
「少しだけ、いいだろう。」
そう言って、平井は優里にはサワーを頼んだ。
「卓也は飲んでるの。」
「飲んでるよ。」
「明日、手術なのに。」
「明後日も手術だし。」
「よく、飲めるね。」
「今日は、飲まないと話しができないと思ってね。」
「お酒の力を借りるの、昔から変わってないね。」
優里のお酒が運ばれてきた。
「乾杯しよう。カンって鳴らせば、厄除けになるみたいだから。」
優里がグラスを持つと、平井は自分のグラスを優里のグラスに近づけて、カンっと音を鳴らした。
「優里、なんで急にいなくなったんだ。」
「いろいろあったからね。」
「お父さんのガンだって、優里の責任じゃないだろう。」
「会社の健康診断で見つかって、病院の予約がなかなか取れないうちにどんどん進行して、もっと早く手術をしていたら助かったかもしれないと思うと、自分がせっかく看護師をしてたのに、情けなくって。」
「急に病院を辞めて、俺の前からも消えて、実家の近くの小さな診療所にいるって聞いて、何度も連絡したし、会いにも行ったのに…。」
「ごめんなさい。どうしても、会うと辛くなるから。」
「弟さんの事も、もう、責める事はないよ。優里が病院に連れてきたおかげで、病気が見つかったんだから。黒木先生に会えたのも、みんな優里のおかげなんだよ。」
「自分だけ、幸せになる事はできないの。」
「……。」
「やり直さない?」
「ごめん。私だけ、幸せになるわけにはいかないの。」
「俺は家族がいないけど、優里の家族はみんなが気を使って、謝りながら生きてる。せっかく家族なのに、一緒にいる方がかえって淋しくなるだろう。」
「そうかな。」
「大丈夫。弟さん、また野球やらせてあげるから。優里もお母さんも、また、大声で応援してやりなよ。みんなが笑ったら、優里は俺の所へ戻ってきてくれるだろう。」
「無理だよ。本人、その気がないし。」
「大丈夫だよ。彼には野球しかないんだから。」
居酒屋を出た2人。
「今日は宿を取ってるの?」
平井が優里に聞いた。
「お母さんは病院に残ったから、私だけ泊まるの。」
「それなら隣りひとつ空いてる?」
「空いてるけど、別の所へ行けばいいじゃない。医者なら、いくらでもいい所に泊まれるでしょう。」
「医局に泊まろうと思ってたから、ちょうどいいなって思ってさ。」
平井はずっと優里の後をついて来た。
「しつこさは昔のままだね。」
「優里の弟は、どこを守ってたの?」
「ピッチャーよ。」
「へぇ。速さはないけど、コントロールがいいみたいね。お父さんがそう言ってた。」
「俺も小学生の時、少しだけ野球をやらせてもらって、母さんが怪我すると危ないからって、なるべく球のこない所にしてくださいって監督に頼んでた。」
「それなら、野球やる意味がないじゃない。」
「そうだろう。それから勉強しかしてこなかったから、何かに打ち込む事がある人って、すごく羨ましいよ。」
「弟はね、野球しかしてこなかったから、なにもする事がないってよく言うの。最近はずっと漫画読んでた。せっかくバイトも始めて、なんとなく新しい生活に慣れようとしてたのに。」
「なんの漫画?」
「さあ?時々コンビニに買いに行ってたのは知ってるけど。」
「優里はなんかやってたの?」
「私は、職場と家の往復。」
「昔から真面目だったからね。」
「ねぇ、いつまでついてくるの?病院はあっちよ。」
平井は優里の手を握る。
「何?やめてよ。」
手を振り払った優里を、平井は黙って抱きしめた。
「優里。ずっと会いたかった。」
午前2時。
眠れずに窓を見ていた煌。
見回りにきた看護師が声を掛ける。
「早く寝てください。明日、手術なんでしょう。」
「この雪、ずっと降るんですか?」
「さっき大雪警報が出てましたよ。」
「こんなに積もったら、あそこに車停められないですね。」
「大丈夫。こっちには除雪のプロがちゃんといるのよ。」
「ほら、もう横になって。」
俺、死ぬのかな。
もし、手術が失敗したら、多岐と同じく、何もなくなってしまうのかな。
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