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14章
緑の風
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1年後。
蓮見と龍は北海道に来ていた。
「私が運転するよ。1本道だから、迷わないし。」
「4月なのに雪がまだあるんだな。」
「まだ、寒い日もあるから普通にストーブもつけるし。」
「こんなに寒いのにたんぽぽは咲いてるのか。」
「龍、着いたよ。起きて。」
「ごめん、いつの間にか寝てたわ。」
「ただいま。」
「蓮見、おかえり。龍さんだったかしら。はじめまして、こんにちは。」
「こんにちは。」
「さっ、入って。お父さん呼んでくるから。」
作業気姿の蓮見の父と兄がやってくる。
義姉にしがみついた男の子と、腕に抱かれた赤ん坊は抱っこされてすやすや眠っている。
「こんにちは。よく来たね。こんな所だけど、ゆっくりしていって。」
「はじめまして、笹田龍と言います。」
「そんな、かしこまらなくていいから、足伸ばして。ここまで遠かっただろう。」
蓮見の母はお盆にジュースをたくさん載せて持ってきた。
さっきまで義姉にしがみついてた男の子が、ジュースに手を伸ばす。
「あっ、ダメ。それはお客さんの。」
「いいよ、いいよ。さっ、龍さんも飲んで。本当はお茶を出したいんだけど、小さい子がいるから、ごめんなさいね。」
蓮見の母がそう言った。
「この子、いくつですか?」
「2歳になります。下の子は3か月です。」
義姉が龍と話す。
「この人も、本州から来たんだよ。」
蓮見の兄がそう言った。
「出ていく人も入れば、入ってくる人もいるんだよ。蓮見は、出てたっきり。」
「そういえば、蓮見が小学校の時の担任の先生、校長先生になったんだよ。」
「そうなの? もう、名前も忘れたけど。」
「龍さん。この子、けっこう鈍い所があるけれど、本当にいいのかい? 小学校の時はけっこう大変だったんだよ。」
蓮見の父がそう言った。
「働き者ですよ。」
「そうかぁ?」
「運動会の前の日、風邪引こうと氷食べてたよな。」
「遠足の時もだよ。」
父と兄が龍に蓮見の事を話している。
蓮見は義姉の抱いている赤ちゃんを抱かせてもらう事にした。
「なんだか、ふわふわして雲を掴んでるみたい。」
「あったかいでしょう?」
「うん。あったかい。あっ、あくびした。こんなに小さいのにあくびするんだ。お姉さん、兄は赤ちゃんのお世話とか手伝ってくれるの?」
「手伝ってくれるよ。どうして?」
「蓮は、蓮見にだけきびしいのよ。」
母はそう言った。
「蓮見、同級生の赤田くんが道の駅で、食堂をやってるんだ。二人で食べに行けよ。」
蓮はそう言った。
「絶対、やだ。」
「なんでだよ。蓮見が帰って来るって言ったら、寄ってくれって言ってたぞ。」
「お兄ちゃんと美紗さんで行きなよ。私が赤ちゃん見てるから。」
「蓮見、赤田くんも大人になったんだから、もうボールなんかぶつけてこないよ。」
母はそう言ったが、蓮見は行かないと言い張った。
「頑固だろう。昔から融通が利かないんだよ。」
「お兄さん、せっかくなんで、牛を見せてもらっていいですか? 一緒にやりますよ。蓮見も久しぶりだから、一緒にやろうよ。」
「それなら、着替えを用意するわね。」
「ほら、お前のせいで、みんなが気を使うだろう。龍さん、都会育ちの人が簡単にできる仕事じゃないですから、無理しないでくださいよ。」
兄は龍を連れて行った。
「蓮見、美紗さんが出掛けるから、子供達見ててくれるか?」
父がそう言うと
「お父さん、私、出掛けませんよ。」
義姉はそう言った。
「下が生まれてから、ずっと家に閉じこもってるだろう。蓮見が見てるから、買い物にでも行っておいで。蓮見、いいだろう。」
「お姉さん、私、牛舎より家にいたいの。だから、子供達の事、ずっと見てますよ。」
「そう。わかったありがとう。颯太はババと遊んできな。蓮見さん、こっちにオムツとかあるから。」
蓮見は美紗の後をついていく。兄の家は隣りにあった。
「素敵な人ね。静岡の人って聞いたけど。」
「そうです。お姉さんは、向こうが恋しくなる事ありますか?」
「そりゃあるわよ。でも、蓮見ちゃんのお兄さんの事が好きだから、ここで一生暮らすって決めたの。」
「兄とは酪農大で知り合ったんですよね。」
「そう。私もこの仕事がしたかったし。」
「お父さんもお母さんもお姉さんが来たこと、すごく喜んでました。あの兄にお嫁さんが来たって。」
「それは、蓮見ちゃんもそうよ。絶対結婚しないだろうって言ってたのに、急に彼を連れて来るって聞いて、みんな嬉しいんだから。」
「そうなの?」
「そうよ。小さな島に行くって聞いた時は、かわいそうだから北海道に連れてこようかってくらい心配してたのよ。また東京で仕事ができるんでしょう?」
「今年の春、島に新しい看護師がくるから、私は前の職場に戻ることになったの。向こうもすごくいい所だったけど。」
「これからは、彼とずっといられるようになって良かったね。
蓮見ちゃん。これがオムツと、汚れたら着替えがここ。おっぱいの時間があるから、3時間くらいで戻ってくる。」
「わかった。」
「じゃあ、お願い。」
居間で眠っている赤ちゃんを見ていると
「あらっ、蓮見は留守番なの? じゃあ、これ畳んでおいて。」
母はたくさんの洗濯物を蓮見に渡した。
「未来ちゃんはよく寝る子だから、そんなにじっと見てなくても大丈夫よ。」
「この子、女の子だったの?」
「やだ、蓮見にも教えたじゃない。」
「だって、青い服着てるから。」
「颯太のお下がりよ。蓮見もそうだったのよ。青ばっかり。お父さんは、それじゃあかわいそうだっていってたけど。」
「そうなの。ねえ、お母さん。龍にあんまり無理させないで。お兄ちゃん、けっこうきついから。」
「わかってるわよ。蓮見は男の人があんなに苦手だったのに、彼氏ができるとは思わなかった。」
「今でも苦手だよ。」
夕方、美容院に行ってきた美紗が戻ると、蓮見と母は夕食の支度を始めた。
「ごめんください。」
玄関で男の人が呼んでいる。
「蓮見、ちょっと出て。」
「はーい。」
「あっ、里田さん。俺、赤田。」
「こんばんは。ちょっと待って、家の人、呼んでくるから。」
「大丈夫。これ、頼まれてたケーキ。食べて。」
「どうもありがとう。」
「あと、これは俺の気持ち、食べて。里田さん、元気だった? 帰ってくるって聞いて、何年ぶりだろう。」
「何年ぶりだろうね。」
「一緒の中学に行けると思ってたのに、残念だった。」
「私が抜けたから、リレーも1位になれたんじゃない?」
「ごめんな、俺、嫌なやつだよな。」
「もう、昔の事だよ。」
「松下先生が校長になって戻って来てるんだよ。」
「松下っていう名前だったっけ?」
「そうだよ。松下先生。」
龍と兄が戻ってきた。
「おお。赤田、上がれよ。」
「いいよ。配達にきただけだから。」
「あい変わらず、わがままな妹なんだよ。あっ、この人は蓮見の彼氏。赤田も早く結婚しろよ。」
「こんばんは。」
龍が挨拶をする。
「こんばんは。赤田と言います。」
「これは赤田くんが作ったケーキなの?」
蓮見は聞いた。
「違うよ。牧だよ。あいつ、東京でケーキ職人してたんだ。」
「へぇ、食べるのが楽しみだな。」
龍はそう言った。
「赤田くん。ありがとう。」
「里田さん、幸せになれよ。」
「龍、疲れたでしょう。結局最後まで、手伝わされて。」
「疲れたよ。大変だな。これを毎日するなんて。」
「龍の実家だって、大変だよ。」
「蓮見、ちょっと手伝って。」
台所にいる母に呼ばれた。
「龍さんもこっちにきて。」
「お母さん、何するの?」
「今日は外で焼き肉をするんだって。」
「颯太は、もう焼肉を食べるんだよ。」
「へぇー。」
「龍さん。先、飲もう。火は親父が起こすから。」
「お疲れ様。疲れたでしょう。」
蓮は龍に缶ビールを渡した。
「疲れました。」
「おかげで早く終わったよ。どうもありがとうな。」
「初めてやる事ばっかりで、困りました。」
「いやいや、なかなかの腕だよ。それよりあんな妹だけどさ、本当にいいのかい?」
「お兄さんとは、何個離れてるんですか?」
「3つだよ。」
「それなら、お兄さんは俺と同じ歳になるのか。」
「そうなのか? 俺、てっきり龍さんは蓮見と同じくらいかと思ってた。」
「この髪だから、よく幼いって言われます。」
「もちろん地毛じゃないだろう?」
「地毛じゃないです。俺、双子なんですよ。兄はもういないけど、親にもよく間違えられたんで、何でも誰かと同じ色を選ばないようにしてきました。髪の毛もそうやって染めているうちに、黒にするタイミングを逃してしまって……。」
「蓮見は大人になるタイミングを逃したままだよ。龍さんのご両親への説得は済んだの?」
「説得って?」
「嫁にするって事だよ。」
「もう、何度も会ってますよ。」
「実家は旅館だって聞いたよ。蓮見は部屋を間違がえたりしない?」
「します。」
「ほら。やっぱり、そうか。看護師っていう仕事だって大丈夫かってハラハラしてるよ。」
「同じ廊下しか通らないみたいですよ。島にいた時は、自分で地図を作ってたし。だけど、最近はだいぶ距離とか位置の感覚もついたんじゃないかな。今日は運転してもらいましたし。」
「普通、家って土台から作るだろう。」
「そうですね。」
「あいつは壁から作ってるようなやつだから、周りは心配してるのに、それに気が付かないでどんどん1人で進んでしまうんだよ。」
「わかります。」
「龍さんは、大変な落とし物を拾ったと思うよ。」
「龍さん、蓮。火がついたよ。さあ、肉を焼いていくぞ。颯太、待ってろ。じいじが今焼いてやるから。」
「賑やかですね。」
龍が蓮に言った。
「うちは、仕事柄、遠出ができなかったから、こうして外で肉を食べる事が多いんだ。俺は親父達が元気なうちに、子供達をいろんな場所に連れて行こうと思ってるけど。」
「じゃあ、伊豆にも来てくださいよ。うちの親も喜びますから。」
蓮見が龍の隣りに座った。
「お兄ちゃん、未来ちゃん見ててあげたら? お姉さんがいつまでも食べれないじゃない。」
「おまえ、ずいぶん偉そうだな。」
「自分こそ、お客さんをこき使ったくせに。」
「手伝うって言ったから教えただけだよ。本当に蓮見が帰ってくると、なんだか調子狂うんだよな。」
「あっ、お兄ちゃん、それ焼けてるからお姉さんに取ってあげて。」
「わかってるって。」
居間に戻り、赤田が持ってきた2つのケーキの箱を開ける。
「これ、本当にあの牧くんが作ったの?」
「そうだよ。牧くん、有名なところで修行してたらしいよ。」
蓮見の母がそう言った。
「蓮見、ずいぶん牧くんに泣かされたね。」
「本当、一生分かと思うくらいの涙、牧くんにあげたよ。あの頃は、こんなに丁寧な仕事をする人になると思えなかったけど。これ、何人分切ればいいのかな? 1人、2人……7人……」
「蓮見、それ食べたら早くお風呂入っちゃって。明日、早いんでしょう。」
「うん。龍が先に入ったら? 疲れてるだろうし。」
「一緒に入ればいいのに。」
蓮がそう言うと
「絶対ヤダ。」
蓮見はそう言った。
「背中、流してやればいいのに。」
蓮見の父が言った。
「もう少し年を取ったらね。」
「龍さん、本当にこんなやつでいいのかい?」
龍は笑っていた。
先に部屋で待っていた龍の所へ、蓮見が戻ってきた。
「小学生のまんまだな。ほら、ランドセル。」
龍は赤いランドセルを指さした。
「中学から、ここを出たからね。」
「面白いもの見つけた。」
「何?」
「机にあったノート、ドッチボールで逃げ切る作戦が書いてある。」
「そんなの、見てたの。」
蓮見は龍が見ているノートを奪おうとした。
龍は蓮見をベッドに座らせ、後ろから蓮見を包むと、そのノートを蓮見の前で開いた。
「ほら、牧と赤田を対角線にさせないって書いてある。作戦はいい感じだったんだよ。小学校の蓮見は可愛かったんだろうな。」
龍は蓮見の頬にキスをした。
「休み時間になるがすごく嫌だった。」
「さっきの彼だろう? 本当は意地悪じゃなかったんだって。」
「私はすごく怖かった。」
龍は蓮見を後ろから抱きしめた。
「お兄さん、蓮見の事、ずいぶん心配してるよ。」
「嘘。ケンカばっかりだよ。」
「ちゃんとした挨拶、できなかったな。」
「ううん。ここまで来てくれてありがとう。」
「なぁ、島では俺は悪者になってるな。」
「どうして?」
「大事な看護師さんを取っていったからさ。あの男の子に言われたよ。看護師さんを連れていくなって。」
「ケンちゃん?」
「ケンちゃんって言うのか、あの子。」
「ケンちゃん、私には注射が下手くそだから、クビになったんだろうって言ってた。」
「それくらいの時って、女の子に素直になれないんだよ。」
「そうかな。」
「せっかく慣れたのに、ごめんな。」
「約束だったし。それに、ちゃんとやり通したよ。」
「東子さんのお父さん、亡くなったんだろう。」
「年が開けてすぐにね。」
「99歳って言ってたか。」
「そう。数えで100歳。東子さんがお疲れ様って言ってた。なんかね、最後まで、奥さんの名前を呼んでたみたいだよ。」
「いい話しだな。」
「本当。」
「蓮見は、おばあちゃんになったら、ケンって呼ぶのか、龍って呼ぶのか?」
「どっちだろう。そういえば、歌ってくれる約束は?」
「そんな約束してないよ。」
龍は笑った。
「寒いでしょう。ストーブ、つけるね。」
龍はストーブをつけた蓮見を後ろから抱きしめると、服を脱がせ、自分も服を脱ぎ、ベッドに横になった。
「思い出すね。カギを忘れた日の事。」
蓮見はそう言った。
「ああ。忘れたり、失くしたり、その度に距離が近くなってきたな。」
蓮見は龍の胸に顔をつけた。
「寒いのか?」
「ううん。」
ナオが蓮見の頬を触る。
「ケン。」
「何言ってんだよ。」
「ちょっと、昔の事、思い出した。」
龍はナオが撫でている蓮見の頬にキスをした。ナオは龍の肩に手を置くと、そのまま消えていった。
「雪だね。」
蓮見はカーテンを少し開けた。
龍は蓮見の手を握る。
「龍、ありがとう。」
蓮見は龍にそう言った。
「好きだよ。」
龍は蓮見にキスをする。雪が降っているせいか、空は少し明るい。
蓮見と龍は北海道に来ていた。
「私が運転するよ。1本道だから、迷わないし。」
「4月なのに雪がまだあるんだな。」
「まだ、寒い日もあるから普通にストーブもつけるし。」
「こんなに寒いのにたんぽぽは咲いてるのか。」
「龍、着いたよ。起きて。」
「ごめん、いつの間にか寝てたわ。」
「ただいま。」
「蓮見、おかえり。龍さんだったかしら。はじめまして、こんにちは。」
「こんにちは。」
「さっ、入って。お父さん呼んでくるから。」
作業気姿の蓮見の父と兄がやってくる。
義姉にしがみついた男の子と、腕に抱かれた赤ん坊は抱っこされてすやすや眠っている。
「こんにちは。よく来たね。こんな所だけど、ゆっくりしていって。」
「はじめまして、笹田龍と言います。」
「そんな、かしこまらなくていいから、足伸ばして。ここまで遠かっただろう。」
蓮見の母はお盆にジュースをたくさん載せて持ってきた。
さっきまで義姉にしがみついてた男の子が、ジュースに手を伸ばす。
「あっ、ダメ。それはお客さんの。」
「いいよ、いいよ。さっ、龍さんも飲んで。本当はお茶を出したいんだけど、小さい子がいるから、ごめんなさいね。」
蓮見の母がそう言った。
「この子、いくつですか?」
「2歳になります。下の子は3か月です。」
義姉が龍と話す。
「この人も、本州から来たんだよ。」
蓮見の兄がそう言った。
「出ていく人も入れば、入ってくる人もいるんだよ。蓮見は、出てたっきり。」
「そういえば、蓮見が小学校の時の担任の先生、校長先生になったんだよ。」
「そうなの? もう、名前も忘れたけど。」
「龍さん。この子、けっこう鈍い所があるけれど、本当にいいのかい? 小学校の時はけっこう大変だったんだよ。」
蓮見の父がそう言った。
「働き者ですよ。」
「そうかぁ?」
「運動会の前の日、風邪引こうと氷食べてたよな。」
「遠足の時もだよ。」
父と兄が龍に蓮見の事を話している。
蓮見は義姉の抱いている赤ちゃんを抱かせてもらう事にした。
「なんだか、ふわふわして雲を掴んでるみたい。」
「あったかいでしょう?」
「うん。あったかい。あっ、あくびした。こんなに小さいのにあくびするんだ。お姉さん、兄は赤ちゃんのお世話とか手伝ってくれるの?」
「手伝ってくれるよ。どうして?」
「蓮は、蓮見にだけきびしいのよ。」
母はそう言った。
「蓮見、同級生の赤田くんが道の駅で、食堂をやってるんだ。二人で食べに行けよ。」
蓮はそう言った。
「絶対、やだ。」
「なんでだよ。蓮見が帰って来るって言ったら、寄ってくれって言ってたぞ。」
「お兄ちゃんと美紗さんで行きなよ。私が赤ちゃん見てるから。」
「蓮見、赤田くんも大人になったんだから、もうボールなんかぶつけてこないよ。」
母はそう言ったが、蓮見は行かないと言い張った。
「頑固だろう。昔から融通が利かないんだよ。」
「お兄さん、せっかくなんで、牛を見せてもらっていいですか? 一緒にやりますよ。蓮見も久しぶりだから、一緒にやろうよ。」
「それなら、着替えを用意するわね。」
「ほら、お前のせいで、みんなが気を使うだろう。龍さん、都会育ちの人が簡単にできる仕事じゃないですから、無理しないでくださいよ。」
兄は龍を連れて行った。
「蓮見、美紗さんが出掛けるから、子供達見ててくれるか?」
父がそう言うと
「お父さん、私、出掛けませんよ。」
義姉はそう言った。
「下が生まれてから、ずっと家に閉じこもってるだろう。蓮見が見てるから、買い物にでも行っておいで。蓮見、いいだろう。」
「お姉さん、私、牛舎より家にいたいの。だから、子供達の事、ずっと見てますよ。」
「そう。わかったありがとう。颯太はババと遊んできな。蓮見さん、こっちにオムツとかあるから。」
蓮見は美紗の後をついていく。兄の家は隣りにあった。
「素敵な人ね。静岡の人って聞いたけど。」
「そうです。お姉さんは、向こうが恋しくなる事ありますか?」
「そりゃあるわよ。でも、蓮見ちゃんのお兄さんの事が好きだから、ここで一生暮らすって決めたの。」
「兄とは酪農大で知り合ったんですよね。」
「そう。私もこの仕事がしたかったし。」
「お父さんもお母さんもお姉さんが来たこと、すごく喜んでました。あの兄にお嫁さんが来たって。」
「それは、蓮見ちゃんもそうよ。絶対結婚しないだろうって言ってたのに、急に彼を連れて来るって聞いて、みんな嬉しいんだから。」
「そうなの?」
「そうよ。小さな島に行くって聞いた時は、かわいそうだから北海道に連れてこようかってくらい心配してたのよ。また東京で仕事ができるんでしょう?」
「今年の春、島に新しい看護師がくるから、私は前の職場に戻ることになったの。向こうもすごくいい所だったけど。」
「これからは、彼とずっといられるようになって良かったね。
蓮見ちゃん。これがオムツと、汚れたら着替えがここ。おっぱいの時間があるから、3時間くらいで戻ってくる。」
「わかった。」
「じゃあ、お願い。」
居間で眠っている赤ちゃんを見ていると
「あらっ、蓮見は留守番なの? じゃあ、これ畳んでおいて。」
母はたくさんの洗濯物を蓮見に渡した。
「未来ちゃんはよく寝る子だから、そんなにじっと見てなくても大丈夫よ。」
「この子、女の子だったの?」
「やだ、蓮見にも教えたじゃない。」
「だって、青い服着てるから。」
「颯太のお下がりよ。蓮見もそうだったのよ。青ばっかり。お父さんは、それじゃあかわいそうだっていってたけど。」
「そうなの。ねえ、お母さん。龍にあんまり無理させないで。お兄ちゃん、けっこうきついから。」
「わかってるわよ。蓮見は男の人があんなに苦手だったのに、彼氏ができるとは思わなかった。」
「今でも苦手だよ。」
夕方、美容院に行ってきた美紗が戻ると、蓮見と母は夕食の支度を始めた。
「ごめんください。」
玄関で男の人が呼んでいる。
「蓮見、ちょっと出て。」
「はーい。」
「あっ、里田さん。俺、赤田。」
「こんばんは。ちょっと待って、家の人、呼んでくるから。」
「大丈夫。これ、頼まれてたケーキ。食べて。」
「どうもありがとう。」
「あと、これは俺の気持ち、食べて。里田さん、元気だった? 帰ってくるって聞いて、何年ぶりだろう。」
「何年ぶりだろうね。」
「一緒の中学に行けると思ってたのに、残念だった。」
「私が抜けたから、リレーも1位になれたんじゃない?」
「ごめんな、俺、嫌なやつだよな。」
「もう、昔の事だよ。」
「松下先生が校長になって戻って来てるんだよ。」
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「そうだよ。松下先生。」
龍と兄が戻ってきた。
「おお。赤田、上がれよ。」
「いいよ。配達にきただけだから。」
「あい変わらず、わがままな妹なんだよ。あっ、この人は蓮見の彼氏。赤田も早く結婚しろよ。」
「こんばんは。」
龍が挨拶をする。
「こんばんは。赤田と言います。」
「これは赤田くんが作ったケーキなの?」
蓮見は聞いた。
「違うよ。牧だよ。あいつ、東京でケーキ職人してたんだ。」
「へぇ、食べるのが楽しみだな。」
龍はそう言った。
「赤田くん。ありがとう。」
「里田さん、幸せになれよ。」
「龍、疲れたでしょう。結局最後まで、手伝わされて。」
「疲れたよ。大変だな。これを毎日するなんて。」
「龍の実家だって、大変だよ。」
「蓮見、ちょっと手伝って。」
台所にいる母に呼ばれた。
「龍さんもこっちにきて。」
「お母さん、何するの?」
「今日は外で焼き肉をするんだって。」
「颯太は、もう焼肉を食べるんだよ。」
「へぇー。」
「龍さん。先、飲もう。火は親父が起こすから。」
「お疲れ様。疲れたでしょう。」
蓮は龍に缶ビールを渡した。
「疲れました。」
「おかげで早く終わったよ。どうもありがとうな。」
「初めてやる事ばっかりで、困りました。」
「いやいや、なかなかの腕だよ。それよりあんな妹だけどさ、本当にいいのかい?」
「お兄さんとは、何個離れてるんですか?」
「3つだよ。」
「それなら、お兄さんは俺と同じ歳になるのか。」
「そうなのか? 俺、てっきり龍さんは蓮見と同じくらいかと思ってた。」
「この髪だから、よく幼いって言われます。」
「もちろん地毛じゃないだろう?」
「地毛じゃないです。俺、双子なんですよ。兄はもういないけど、親にもよく間違えられたんで、何でも誰かと同じ色を選ばないようにしてきました。髪の毛もそうやって染めているうちに、黒にするタイミングを逃してしまって……。」
「蓮見は大人になるタイミングを逃したままだよ。龍さんのご両親への説得は済んだの?」
「説得って?」
「嫁にするって事だよ。」
「もう、何度も会ってますよ。」
「実家は旅館だって聞いたよ。蓮見は部屋を間違がえたりしない?」
「します。」
「ほら。やっぱり、そうか。看護師っていう仕事だって大丈夫かってハラハラしてるよ。」
「同じ廊下しか通らないみたいですよ。島にいた時は、自分で地図を作ってたし。だけど、最近はだいぶ距離とか位置の感覚もついたんじゃないかな。今日は運転してもらいましたし。」
「普通、家って土台から作るだろう。」
「そうですね。」
「あいつは壁から作ってるようなやつだから、周りは心配してるのに、それに気が付かないでどんどん1人で進んでしまうんだよ。」
「わかります。」
「龍さんは、大変な落とし物を拾ったと思うよ。」
「龍さん、蓮。火がついたよ。さあ、肉を焼いていくぞ。颯太、待ってろ。じいじが今焼いてやるから。」
「賑やかですね。」
龍が蓮に言った。
「うちは、仕事柄、遠出ができなかったから、こうして外で肉を食べる事が多いんだ。俺は親父達が元気なうちに、子供達をいろんな場所に連れて行こうと思ってるけど。」
「じゃあ、伊豆にも来てくださいよ。うちの親も喜びますから。」
蓮見が龍の隣りに座った。
「お兄ちゃん、未来ちゃん見ててあげたら? お姉さんがいつまでも食べれないじゃない。」
「おまえ、ずいぶん偉そうだな。」
「自分こそ、お客さんをこき使ったくせに。」
「手伝うって言ったから教えただけだよ。本当に蓮見が帰ってくると、なんだか調子狂うんだよな。」
「あっ、お兄ちゃん、それ焼けてるからお姉さんに取ってあげて。」
「わかってるって。」
居間に戻り、赤田が持ってきた2つのケーキの箱を開ける。
「これ、本当にあの牧くんが作ったの?」
「そうだよ。牧くん、有名なところで修行してたらしいよ。」
蓮見の母がそう言った。
「蓮見、ずいぶん牧くんに泣かされたね。」
「本当、一生分かと思うくらいの涙、牧くんにあげたよ。あの頃は、こんなに丁寧な仕事をする人になると思えなかったけど。これ、何人分切ればいいのかな? 1人、2人……7人……」
「蓮見、それ食べたら早くお風呂入っちゃって。明日、早いんでしょう。」
「うん。龍が先に入ったら? 疲れてるだろうし。」
「一緒に入ればいいのに。」
蓮がそう言うと
「絶対ヤダ。」
蓮見はそう言った。
「背中、流してやればいいのに。」
蓮見の父が言った。
「もう少し年を取ったらね。」
「龍さん、本当にこんなやつでいいのかい?」
龍は笑っていた。
先に部屋で待っていた龍の所へ、蓮見が戻ってきた。
「小学生のまんまだな。ほら、ランドセル。」
龍は赤いランドセルを指さした。
「中学から、ここを出たからね。」
「面白いもの見つけた。」
「何?」
「机にあったノート、ドッチボールで逃げ切る作戦が書いてある。」
「そんなの、見てたの。」
蓮見は龍が見ているノートを奪おうとした。
龍は蓮見をベッドに座らせ、後ろから蓮見を包むと、そのノートを蓮見の前で開いた。
「ほら、牧と赤田を対角線にさせないって書いてある。作戦はいい感じだったんだよ。小学校の蓮見は可愛かったんだろうな。」
龍は蓮見の頬にキスをした。
「休み時間になるがすごく嫌だった。」
「さっきの彼だろう? 本当は意地悪じゃなかったんだって。」
「私はすごく怖かった。」
龍は蓮見を後ろから抱きしめた。
「お兄さん、蓮見の事、ずいぶん心配してるよ。」
「嘘。ケンカばっかりだよ。」
「ちゃんとした挨拶、できなかったな。」
「ううん。ここまで来てくれてありがとう。」
「なぁ、島では俺は悪者になってるな。」
「どうして?」
「大事な看護師さんを取っていったからさ。あの男の子に言われたよ。看護師さんを連れていくなって。」
「ケンちゃん?」
「ケンちゃんって言うのか、あの子。」
「ケンちゃん、私には注射が下手くそだから、クビになったんだろうって言ってた。」
「それくらいの時って、女の子に素直になれないんだよ。」
「そうかな。」
「せっかく慣れたのに、ごめんな。」
「約束だったし。それに、ちゃんとやり通したよ。」
「東子さんのお父さん、亡くなったんだろう。」
「年が開けてすぐにね。」
「99歳って言ってたか。」
「そう。数えで100歳。東子さんがお疲れ様って言ってた。なんかね、最後まで、奥さんの名前を呼んでたみたいだよ。」
「いい話しだな。」
「本当。」
「蓮見は、おばあちゃんになったら、ケンって呼ぶのか、龍って呼ぶのか?」
「どっちだろう。そういえば、歌ってくれる約束は?」
「そんな約束してないよ。」
龍は笑った。
「寒いでしょう。ストーブ、つけるね。」
龍はストーブをつけた蓮見を後ろから抱きしめると、服を脱がせ、自分も服を脱ぎ、ベッドに横になった。
「思い出すね。カギを忘れた日の事。」
蓮見はそう言った。
「ああ。忘れたり、失くしたり、その度に距離が近くなってきたな。」
蓮見は龍の胸に顔をつけた。
「寒いのか?」
「ううん。」
ナオが蓮見の頬を触る。
「ケン。」
「何言ってんだよ。」
「ちょっと、昔の事、思い出した。」
龍はナオが撫でている蓮見の頬にキスをした。ナオは龍の肩に手を置くと、そのまま消えていった。
「雪だね。」
蓮見はカーテンを少し開けた。
龍は蓮見の手を握る。
「龍、ありがとう。」
蓮見は龍にそう言った。
「好きだよ。」
龍は蓮見にキスをする。雪が降っているせいか、空は少し明るい。
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