たかが、青

小谷野 天

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15章

潮の満ち引き

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 ICUに戻ってきた蓮見。三交代勤務に慣れるまでには、まだ少し時間がかかった。休憩室で見えないようにあくびをしていた蓮見に、新しい師長が声を掛ける。
「里田さん、あくびなんてずいぶん余裕ね。」
「すみません。夜勤がまだ慣れなくて。」
「向こうはどうだった、いろいろ経験できたでしょう?」
「はい。」
「ここは、あなたが戻ってきて、少し立て直さないとね。ほら、原田先生が呼んでるよ。」
「先生。」
 蓮見は原田の所に行くと
「里田さん、点滴の中身変えるから早く準備して。あと、あの患者さんも敵数減らしたから、家族に連絡しておいて。」
 蓮見は原田が渡した血液データを見ていた。
「師長、今日、潮が引くのは何時だ?」
「夕方じゃないですか。」
「そうか。里田さん、きっと残業だよ。」

 22時。
 やっと仕事が終わった蓮見は、コンビニに寄っていた。誰かが亡くなった日は、まっすぐ家に帰りたくない。
 龍は今頃忙しく仕事をしてるだろう。
 麻美からラインがきた。
「仕事終わった?」
「終わったよ。」
「今日は忙しいからこっちきて手伝って。待ってる。」
「わかった。」
「龍、飲んじゃってるよ。」
「そうなの。めずらしいね。」

 蓮見はバーのドアを開けた。
「あっ、蓮見、こっち。」
 咲江が呼んでいる。
「どう、慣れた?」
「まだ少し。」
「龍も毎日眠いみたいだね。」
「起きなくてもいいのに、起きるんですよ。」
「蓮見ちゃん、何飲む?」
 コージがやってきた。
「酸っぱいやつ作ってあげてよ。」
 麻美がそう言った。
「麻美さん、救急はどうですか?」
「大変に決まってるじゃない。派遣に指せる仕事じゃないって。」
「麻美さん、職員になったらいいのに。」
「私ね、来年は大学に行こうと思ってるの。友達がやってる助産院に誘われて、それなら私も資格取ろうと思ってね。ピチピチの赤ちゃんなんて、そんなに触ることないじゃない。そう言う仕事もいいかなって。」
「原田先生とは?」
「返事はまだしてない。お互い、捨てられないものってあるんだよね。」
 麻美はナオのギターを見ていた。
「原ちゃん、蓮見が戻ってきて、張り切ってるよ。」
「そうなのかな。」
「そういえば、看護部長、辞めたんだよ。」
「そうだったの。今はICUの師長だった人が部長になったじゃない。」
「前の部長は、仲のいい師長連中と介護施設に行ったみたいよ。牧田息子の方は、オペ室の新人と付き合ってるから、もう蓮見にはしつこくしないと思う。」
「蓮見ちゃん、久しぶり。お願いがあるんだ。」
 レイがカウンターを指差す。
「ダメだよ。レイの隣りは。」
 麻美がそう言うと、
「龍が酔っ払っちゃったんだよ。蓮見ちゃん、グラス洗ってよ。コージ一人なら追いつかないんだ。」
「そうだ。私も蓮見に手伝ってほしいってラインしたんだった。」 
 蓮見はキッチンに溜まったグラスを静かに洗っていった。
「ごめんね、仕事終わりなのに。」
 コージがそう言った。
「龍は?」
「あの席にいるよ。」
「昔、カカオって5人だったんだ。龍の隣りにいるのが、もう一人のギターだったやつ。今日はそいつのバンド連中が来てる。」
 レイがそう言った。
「あいつとナオ、よくケンカしてさ。二人とも意見を曲げないから、龍がよく間に入って止めてたよ。」
「蓮見ちゃん、これ飲みなよ。」
 コージがお酒を出した。
「わぁ、酸っぱい。」
 一口飲んだ蓮見は、顔をしかめた。
「疲れてるんだよ、きっと。」
 洗い終わったコップの水分を拭き取ると、蓮見は棚に収めていく。
 コージは次々に入る注文に行ったり来たりしている。
「レイさんは何飲みますか?」
 蓮見がレイに聞いた。
「そうやって優しくされると、俺は勘違いするよ。」
「何が?」
「蓮見ちゃんが作ってくれるんでしょう?」
「これと水だったかな。」
 蓮見はレイの顔を見た。
「そうだよ。」
「こっちきて作ってよ。」
「ここはそういう店じゃないです。」
 蓮見はレイにお酒を出した。
「龍、酔ってるから、このまま抜けない?」
「レイさんも酔ってるよ。」
 蓮見はそう言って笑った。麻美が空いたグラスを運んでくる。
「ここの店長は誰よ。」
「麻美、キョウと話したのかよ? お前達、絵に描いた様な三角関係だったよな。」
「レイ、もう昔のことだよ。」
 麻美はそう言うと蓮見と一緒に洗い物を始めた。
「私達って、損だよね。なんでこんなに世話を焼きたくなるんだろう。たまには甘えたいよね。」
「麻美さん、原田先生とあのラーメンやさんに行ってるの?」
「行ってるよ。なんかね、龍も時々食べにくるらしい。蓮見の愚痴をよく言ってるって店長が話してた。」
「知らなかった。」
「龍、ずっと寂しかったんだよ。強いようで、そうじゃない。兄が死んで、ずっと自分を責めて、今度はナオが死んで、仲間を守ろうとして、必死だもん。」
 コージがグラスを拭き始めた。
「少し落ち着いたか?」
 レイが聞くと
「ああ、落ち着いた。麻美も蓮見ちゃんもありがとうな。」
 そこに座って飲みなよ。
「これ、しまってからにする。」
 グラスを拭いている蓮見にコージが言った。
「蓮見ちゃん、いつもそうだよね。」
「何が。」
「龍がいつも蓮見ちゃんを待ってるの、わかってる?」
「わかってない……。」
「これからは、蓮見ちゃんが待ってる番だよ。」
 コージはそう言った。
 店の客が少なくなってきた頃、龍がカウンターにきた。
「蓮見、いつからいたんだ?」
「龍が仕事にならないから、ずっと洗い物してたんだよ。」
 レイが言う。
「知らなかったわ。」
「もうさっさと帰れよ。」
 蓮見は麻美は空いた席を片づけていた。
「今日は服脱いで待ってるかもよ。」
 コージがそう言って笑った。
「おまえら何話してたんだよ。」

 家に着いた二人。
 龍は冷蔵庫から水を出して飲もうとしていた。
「私もちょうだい。」
 蓮見はコップに水を入れると、一つを龍に渡した。
「明日は会社?」
「明日は、ここで仕事するよ。蓮見は?」
「夕方から仕事。また、夜中に起こしちゃうね。」
「仕事終わったらラーメン食べに行こうか。」
「いいの?」
「俺、待ってるから。」
「やっぱりダメだよ。」
「どうして?」
「龍が行きたい時間に行こうよ。」
「コージ達がなんか言ったのか?」
「ううん。」
「じゃあ、1時まで待つから。それ以上は待てない。」
「わかった。」
 龍がお風呂から戻ると、蓮見はベッドで横になっていた。
 龍が布団をめくると蓮見はパジャマを着ていた。
「ねえ、蓮見。」
「あっ、ごめん、寝てた。」
 蓮見は起き上がった。
「コージ達と何話してたの?」
「なんだろう。」
 蓮見は眠いのかぼんやりしていた。
「さっきまで、龍に言おうと思ってた言葉がなくなった。」
 龍は笑って蓮見を抱きしめた。
「期待したのにな。」
「何が?」

 空が明るくなって来た頃。
 目が覚めた蓮見は、眠っている龍に毛布を掛ける。冷たくなった龍の肩にそっと触れ、蓮見は龍の唇に近付いた。
 龍は蓮見をそっと包み込む。
「ごめん、起こしちゃったね。」
「もう一回。」
「ダメ、アンコールはしないって。」
「そうか。俺、そんか事言ってたな。」
 目を閉じている龍に、蓮見はキスをした。
「朝になるね。」
 そう言って龍の背中に手を回す。
「離れるなよ。」
「うん。」
 蓮見は龍の体に自分の体を近づける。
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