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12章
泣いた顔
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足元に積もった雪の下には、見えない氷が待っている。暖かくなったと勘違いしたのに、夜に冷え込んだ空気がいたずらして作った氷の道は、油断していると転んでその場から起きられなくなってしまう。
あれだけ荒れていた凪の両手は、バイト先で母の様に凪が慕っている、中年の女性から紹介された病院に通っているうちに、少しずつ良くなっていた。
最近は同じゼミで仲良くなった夏井紗耶《なついさや》と大学の中で一緒にいる事が多く、自称2軍のエースと言っている紗耶には、自然と気持ちを打ち明けられた。
紗耶には高校の時から付き合っている彼氏がいる。同じ郷土研究会にいたという紗耶の彼は、お世辞にもイケメンとは言えないが、物知りで穏やかな男性だった。たぶん、この人は一生他の女性とは付き合えないだろうと紗耶が言うように、他の女性の前では急にコミュ障となっても、紗耶と話す時はスラスラといろんな言葉が溢れ出した。
紗耶も彼が最初で最後の彼氏であると言うように、2人の間には、ほどけない心が固く結ばれているようだった。出会った頃の父と母だって、こんな風に固く結ばれていたのだろう。自分だってずっと一緒にいた也とは、そんな風にほどけない気持ちで繋がっているんだろうと思っていたのに。
時々、気まぐれの様にやってくる澤村の事は、繋ぎ止めようとすればする程に、またいつほどけてしまうか不安になる。
「凪ちゃん。」
お昼休み。
紗耶と食堂にいた凪の前に、松川がやってきた。
「2人はいつも一緒にいるね。」
まだ学生と言っても、どことなく世間を知り過ぎた様な態度の松川は、凪の前に座り話し掛けた。
「澤村さんとは付き合っているんだって?」
「…。」
「隠す事はないだろう。澤村さんが言ってるんだから。」
凪は水を少し飲んだ。
「澤村さんはちゃんと後始末しないとさ、凪ちゃんが大変な事になると思うって、心配してるんだよ。」
「私は何も知らないですから。」
「嘘つくなよ。澤村さんが、いろんな子と遊んでいたのは凪ちゃんだって知ってるだろう。自分は彼女なんか作らないって中途半端な捨て方をしていたのに、彼女を作るなんてルール違反だろう。澤村さんを好きになってしまった子には、ちゃんと次に進める様にしてあげないと。」
「松川さんなら、そんな時、どうやって納得してもらいますか?」
「俺はそもそも面倒な子には手をつけない。」
「好きになって別れても、これからも友達でいるんてできますか?」
「まっ、俺はそんな経験がないからなぁ。澤村さんと違ってモテないし。とにかく、凪ちゃんは気をつけた方がいいよ。相談ならいつでも乗るから、ライン教えて。」
「教えません。」
「ラインくらいいいじゃん、凪、教えてやりなよ。」
紗耶が言った。
「私、相談はしませんし、返信だって遅いですよ。」
「なんだよ、急に忙しいみたいな事言い出して。ぜんぜんサークルも来ないで、毎日何してんの?」
「バイトですよ。」
「あぁ、スーパーって言ってたっけ。澤村さんも、そこによく来るんだろう。」
「まぁ。」
「なぁ、2人は本当に付き合っているの?」
「なんでですか?」
「凪ちゃんはぜんぜん垢抜けないっていうか、普通、恋したらもっと女らしくなるだろう。キレイになりたいって努力するんじゃないの?」
「そうかもしれませんね。」
「澤村さんが好きな女の子達はさ、皆これでもかってくらい好かれようとしているのに、凪ちゃんの様に素で生きてる感じを見たら、余計に嫉妬するかもよ。」
「澤村さんは、やっぱりキラキラした子の方が好きなんですかね?」
「そりゃあ、そうだろう、なぁ?」
松川は隣りの紗耶に同意を求めた。
「凪の彼氏は、今の凪を好きになったんだから、別にこのままでいいんじゃないですか?」
紗耶が言った。
「まぁ、いろいろ気をつけてよ。連絡くれたら、すぐに行くから。」
松川はそう言って席を立った。凪は残りのご飯を食べ始めた。
「凪の彼氏って、そんなに遊んでいるの?」
「そうみたいね。」
紗耶にも、澤村が今までしてしてきた事は言えなかった。
「豪華な食べ物ばかり食べてると、急にお茶漬けが食べたくなるのよね。だけど凪、それだって毎日続くと嫌になるから、少しくらい努力をしないと。」
紗耶は凪のズボンを引っ張った。
「学校が終わったら買い物に行こうか。今日はバイトが休みなんでしょう?」
1週間後。
大学の図書館で読みたい本を探していると、松川が隣りにやってきた。
「髪、切ったんだね。俺はサラサラの方が好きだけど。」
後ろで束ねていた髪を肩まで切り、毛先がはねないように緩いパーマを掛けた凪の髪は、ちょうどいいくらいに顔が隠れた。
松川の言葉から逃げるように別の棚に行くと、松川が後をついてきた。
「どんな話しが好き?」
松川は凪の顔を覗いた。
「復讐もの。仇討ちとか、因縁の対決とか。」
「はぁ?そんな穏やかな名前なのに、恐ろしい話しが好きなんだね。」
「終わり方がよくわからない話しも好きです。」
凪は一冊の本を手に取った。
「この人の話し、好きなんです。」
「あぁ、俺も好き。風車男の話しだろう。」
「そうです。」
「じゃあさ、こっち来て。」
松川が手を引いた先は、捨てられる古い本が積み上げられた倉庫だった。
「これ、持っていくといいよ。」
そう言って渡された本は、童話の続きが書かれている分厚いものだった。
「本当の意味を知ったら、王子様やお姫様なんて、きっと憧れなくなるよ。」
凪は本をパラパラと捲った。
「グリムやアンデルセンだって、話しの中にメッセージめいたものを入れていたんでしょう?星の王子様だって。」
「そうだよ。物語は善人と悪人の立ち位置がはっきりしているけれど、その奥に隠された欲望とか、執念とかって、読み手の解釈したいで、ハッピーエンドになるか、後足の悪い話しになるか。凪ちゃんはどっちになる事が多い?」
「私は主人公の欲望が満たされたのなら、良かったって感じるかな。ハッピーエンドと言うには、少し違う感じがするけど。」
凪は澤村を見つめて少し微笑んだ。
「俺さ、凪ちゃんの事が好きだって、澤村さんに頼んだはずなのに、そんな風に幸せそうな顔をされると、2人に復讐したくなるよ。」
松川は凪を壁に押し付けた。
「松川さん、私は幸せなんかじゃないですよ。」
「どうして?」
「澤村さんもそうだと思います。どこか欠けた人間は、どうしても隙間が空くんです。」
「じゃあ凪ちゃんは、一生幸せにはなれないって言うの?その隙間を埋める何かは、澤村さんにはできなくても、俺ならできると思うけど。」
「大丈夫です。」
凪はそう言って松川から逃げる様に入り口に向かった。
「凪ちゃん。」
振り返った凪を松川は抱きしめた。びっくりして落とした本が凪のつま先にあたった。
「ここの本はみんな捨てられるんだよ。勝手に話しを作られて、都合が悪くなったら捨てられる。俺は凪ちゃんの事、絶対に捨てたりしないから。」
松川は凪を正面にむかせると、顔を近づけた。下をむいて松川から顔を反らした凪は、
「ごめんなさい。」
そう言って落ちている本を拾った。
「困らせるつもりなんてないよ。こっちこそごめん。」
バイト先から帰る途中。
高そうなコートの似合うスラッとした女性が、凪の前にやってきた。
「宗の彼女って、あんた?」
凪は彼女のキラキラとした垂れたピアスに目がいった。
「どうやって宗を誘ったの?」
凪は首を振ってその場を逃げようとした。
「2回目はないわよ。1回寝たら、次はない。どうして自分から離れてしまったのか、その理由すらわからないから、苦しくなるの。宗はそうやって女の子を傷つけてきた。だけど不思議よね。自分なら2回目はあるんじゃないかって期待しちゃうの。宗とは何回寝たの?」
凪は首を振った。
「もしかして、それで彼女って名乗ってんの?それってただのペットじゃん。」
女性がケラケラと笑っていると、澤村がやってきた。
「凪、乗れよ。」
澤村はそう言うと、凪を車にむかわせた。
「お前、しつこいぞ。」
澤村は女性にそう言うと、2人はその場で言い合いを始めた。
凪は澤村の車には乗らず、歩いて自分の家にむかった。
凪は家に着いてから手を洗っていた。少ししてから澤村がやってきたが、玄関を開けるの躊躇った。
“怒ってる?”
澤村からラインがきた。
“別に”
凪がそう返すと、泣いている狸のスタンプが送られてきた。
凪は玄関の扉をそっと開けると、澤村のコートにキラキラと光る粉がついていた。凪は無意識に洗面台へむかった。
「俺の事、汚いやつだって思ってるんだろう?」
手を洗おうとしている凪を止めると、ポタポタと凪の手に涙が落ちた。
「知ってました。」
凪は涙を拭うと澤村を見て笑った。
あれだけ荒れていた凪の両手は、バイト先で母の様に凪が慕っている、中年の女性から紹介された病院に通っているうちに、少しずつ良くなっていた。
最近は同じゼミで仲良くなった夏井紗耶《なついさや》と大学の中で一緒にいる事が多く、自称2軍のエースと言っている紗耶には、自然と気持ちを打ち明けられた。
紗耶には高校の時から付き合っている彼氏がいる。同じ郷土研究会にいたという紗耶の彼は、お世辞にもイケメンとは言えないが、物知りで穏やかな男性だった。たぶん、この人は一生他の女性とは付き合えないだろうと紗耶が言うように、他の女性の前では急にコミュ障となっても、紗耶と話す時はスラスラといろんな言葉が溢れ出した。
紗耶も彼が最初で最後の彼氏であると言うように、2人の間には、ほどけない心が固く結ばれているようだった。出会った頃の父と母だって、こんな風に固く結ばれていたのだろう。自分だってずっと一緒にいた也とは、そんな風にほどけない気持ちで繋がっているんだろうと思っていたのに。
時々、気まぐれの様にやってくる澤村の事は、繋ぎ止めようとすればする程に、またいつほどけてしまうか不安になる。
「凪ちゃん。」
お昼休み。
紗耶と食堂にいた凪の前に、松川がやってきた。
「2人はいつも一緒にいるね。」
まだ学生と言っても、どことなく世間を知り過ぎた様な態度の松川は、凪の前に座り話し掛けた。
「澤村さんとは付き合っているんだって?」
「…。」
「隠す事はないだろう。澤村さんが言ってるんだから。」
凪は水を少し飲んだ。
「澤村さんはちゃんと後始末しないとさ、凪ちゃんが大変な事になると思うって、心配してるんだよ。」
「私は何も知らないですから。」
「嘘つくなよ。澤村さんが、いろんな子と遊んでいたのは凪ちゃんだって知ってるだろう。自分は彼女なんか作らないって中途半端な捨て方をしていたのに、彼女を作るなんてルール違反だろう。澤村さんを好きになってしまった子には、ちゃんと次に進める様にしてあげないと。」
「松川さんなら、そんな時、どうやって納得してもらいますか?」
「俺はそもそも面倒な子には手をつけない。」
「好きになって別れても、これからも友達でいるんてできますか?」
「まっ、俺はそんな経験がないからなぁ。澤村さんと違ってモテないし。とにかく、凪ちゃんは気をつけた方がいいよ。相談ならいつでも乗るから、ライン教えて。」
「教えません。」
「ラインくらいいいじゃん、凪、教えてやりなよ。」
紗耶が言った。
「私、相談はしませんし、返信だって遅いですよ。」
「なんだよ、急に忙しいみたいな事言い出して。ぜんぜんサークルも来ないで、毎日何してんの?」
「バイトですよ。」
「あぁ、スーパーって言ってたっけ。澤村さんも、そこによく来るんだろう。」
「まぁ。」
「なぁ、2人は本当に付き合っているの?」
「なんでですか?」
「凪ちゃんはぜんぜん垢抜けないっていうか、普通、恋したらもっと女らしくなるだろう。キレイになりたいって努力するんじゃないの?」
「そうかもしれませんね。」
「澤村さんが好きな女の子達はさ、皆これでもかってくらい好かれようとしているのに、凪ちゃんの様に素で生きてる感じを見たら、余計に嫉妬するかもよ。」
「澤村さんは、やっぱりキラキラした子の方が好きなんですかね?」
「そりゃあ、そうだろう、なぁ?」
松川は隣りの紗耶に同意を求めた。
「凪の彼氏は、今の凪を好きになったんだから、別にこのままでいいんじゃないですか?」
紗耶が言った。
「まぁ、いろいろ気をつけてよ。連絡くれたら、すぐに行くから。」
松川はそう言って席を立った。凪は残りのご飯を食べ始めた。
「凪の彼氏って、そんなに遊んでいるの?」
「そうみたいね。」
紗耶にも、澤村が今までしてしてきた事は言えなかった。
「豪華な食べ物ばかり食べてると、急にお茶漬けが食べたくなるのよね。だけど凪、それだって毎日続くと嫌になるから、少しくらい努力をしないと。」
紗耶は凪のズボンを引っ張った。
「学校が終わったら買い物に行こうか。今日はバイトが休みなんでしょう?」
1週間後。
大学の図書館で読みたい本を探していると、松川が隣りにやってきた。
「髪、切ったんだね。俺はサラサラの方が好きだけど。」
後ろで束ねていた髪を肩まで切り、毛先がはねないように緩いパーマを掛けた凪の髪は、ちょうどいいくらいに顔が隠れた。
松川の言葉から逃げるように別の棚に行くと、松川が後をついてきた。
「どんな話しが好き?」
松川は凪の顔を覗いた。
「復讐もの。仇討ちとか、因縁の対決とか。」
「はぁ?そんな穏やかな名前なのに、恐ろしい話しが好きなんだね。」
「終わり方がよくわからない話しも好きです。」
凪は一冊の本を手に取った。
「この人の話し、好きなんです。」
「あぁ、俺も好き。風車男の話しだろう。」
「そうです。」
「じゃあさ、こっち来て。」
松川が手を引いた先は、捨てられる古い本が積み上げられた倉庫だった。
「これ、持っていくといいよ。」
そう言って渡された本は、童話の続きが書かれている分厚いものだった。
「本当の意味を知ったら、王子様やお姫様なんて、きっと憧れなくなるよ。」
凪は本をパラパラと捲った。
「グリムやアンデルセンだって、話しの中にメッセージめいたものを入れていたんでしょう?星の王子様だって。」
「そうだよ。物語は善人と悪人の立ち位置がはっきりしているけれど、その奥に隠された欲望とか、執念とかって、読み手の解釈したいで、ハッピーエンドになるか、後足の悪い話しになるか。凪ちゃんはどっちになる事が多い?」
「私は主人公の欲望が満たされたのなら、良かったって感じるかな。ハッピーエンドと言うには、少し違う感じがするけど。」
凪は澤村を見つめて少し微笑んだ。
「俺さ、凪ちゃんの事が好きだって、澤村さんに頼んだはずなのに、そんな風に幸せそうな顔をされると、2人に復讐したくなるよ。」
松川は凪を壁に押し付けた。
「松川さん、私は幸せなんかじゃないですよ。」
「どうして?」
「澤村さんもそうだと思います。どこか欠けた人間は、どうしても隙間が空くんです。」
「じゃあ凪ちゃんは、一生幸せにはなれないって言うの?その隙間を埋める何かは、澤村さんにはできなくても、俺ならできると思うけど。」
「大丈夫です。」
凪はそう言って松川から逃げる様に入り口に向かった。
「凪ちゃん。」
振り返った凪を松川は抱きしめた。びっくりして落とした本が凪のつま先にあたった。
「ここの本はみんな捨てられるんだよ。勝手に話しを作られて、都合が悪くなったら捨てられる。俺は凪ちゃんの事、絶対に捨てたりしないから。」
松川は凪を正面にむかせると、顔を近づけた。下をむいて松川から顔を反らした凪は、
「ごめんなさい。」
そう言って落ちている本を拾った。
「困らせるつもりなんてないよ。こっちこそごめん。」
バイト先から帰る途中。
高そうなコートの似合うスラッとした女性が、凪の前にやってきた。
「宗の彼女って、あんた?」
凪は彼女のキラキラとした垂れたピアスに目がいった。
「どうやって宗を誘ったの?」
凪は首を振ってその場を逃げようとした。
「2回目はないわよ。1回寝たら、次はない。どうして自分から離れてしまったのか、その理由すらわからないから、苦しくなるの。宗はそうやって女の子を傷つけてきた。だけど不思議よね。自分なら2回目はあるんじゃないかって期待しちゃうの。宗とは何回寝たの?」
凪は首を振った。
「もしかして、それで彼女って名乗ってんの?それってただのペットじゃん。」
女性がケラケラと笑っていると、澤村がやってきた。
「凪、乗れよ。」
澤村はそう言うと、凪を車にむかわせた。
「お前、しつこいぞ。」
澤村は女性にそう言うと、2人はその場で言い合いを始めた。
凪は澤村の車には乗らず、歩いて自分の家にむかった。
凪は家に着いてから手を洗っていた。少ししてから澤村がやってきたが、玄関を開けるの躊躇った。
“怒ってる?”
澤村からラインがきた。
“別に”
凪がそう返すと、泣いている狸のスタンプが送られてきた。
凪は玄関の扉をそっと開けると、澤村のコートにキラキラと光る粉がついていた。凪は無意識に洗面台へむかった。
「俺の事、汚いやつだって思ってるんだろう?」
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