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さみしい放課後。
「へっ?マジで?」
栗原が目を丸くしている。
それから、がーんといった顔つきになった。
「土日も塾だなんて……うっそだろお!」
その通り、と言いたくなる。
なぜなら塾なんてまだ申し込みもしていなかったからだ。
球技大会が中途半端に流れてしまった後、一人でいろいろと考えた。
結果、やはり栗原から離れるべきだとの判断をした。
今までも自分は一人でやってきたのだ。
だから、また一人になろうと痛くはない。
けれど栗原には迎えてくれる場所がある。
一人ぼっちになってしまうのが嫌だから部活に入っていなかったようだけれど、望みが持てるのなら試してみたほうがいい。
なにも自分と二人ぼっちになる必要なんかないと思った。
栗原は明るいし、性格も悪くないのだ。
運動神経で反感を持たれることさえなければ周りから好かれるタイプ。
ネガティブで敢えて人を寄せつけないようにしてきた自分とは違う。
「七月から体育の授業、プールだぞぉ。練習しとかねーで大丈夫かよ」
昼休みの教室で、栗原はイスを寄せ、一太郎の机に頬杖をついていた。
放課後や休日は駄目でも、こうして教室では一緒にいられる。
いずれサッカー部の連中と仲良くなって、栗原は離れていくのかもしれない。
それはそれで、しかたのないことだ。
その時が来るまでの時間をせいぜい楽しんでおくこと。
自分に言い聞かせ、一太郎は栗原に向かって肩をすくめてみせた。
「ンなこと言ったって、オレから勉強取ったら、なにが残るんだよ」
すぐに栗原が不満そうに声をあげる。
「でっもさぁ、今週ずうーっと塾でさー、放課後だって遊んでねーしさー」
むうっと顔をしかめている栗原の頭を、ぽすぽすとなでた。
本当は嘘をつくのも、栗原と離れるのも嫌なのだ。
こんなふうに、一緒にいられないとむくれている姿を嬉しく感じてしまう。
自分の感情に気づいて、苦笑い。
その笑いをどう取ったのか、栗原はますますむすくれる。
「なんだよ、ノロ。オレが駄々こねてると思ってんだろ」
それでも、今週、栗原はサッカー部の練習に顔を出していた。
そもそもこの半月が特別だったのだ。
栗原は大勢に囲まれて笑っているのが似合う気がする。
「そうだぞ、駄々こねてんだぞ! もお、こねまくっちゃってんだからな!」
「なんだ、それ」
子供のような言い草に笑ってしまった。
すると、栗原が頬杖をやめ、机に両手を投げ出す。
腕を枕にするようにして顔を乗せ、一太郎に視線を向けた。
なぜかどきりとする。
(嘘……バレてねぇよな……?)
心配になるほどには、栗原の表情が真面目なものへと変わっていた。
真剣な眼差しに胸の奥がちくちくする。
「ノロと一緒いらんねーの、さみしい」
ぽつんとこぼされた言葉に、いよいよ胸がきゅっとなった。
「オレもだよ」
うっかり本音をもらしてしまい、焦る。
慌てて言葉を付け足した。
「けど、しゃあねぇだろ……塾あるんだから」
はあ……と、栗原が大きくため息をつく。
「いつまで忙しいの? 来週は土日、休める? 一緒、プール行こうよ、市営の」
一太郎は栗原の視線から逃げたくて、顔をふいっとそむけた。
「まだ……わかんねぇよ」
栗原の目を見ていると、自分のしていることが良いことなのかわからなくなる。
とはいえ、自分につきあって二人で孤立するより仲間ができたほうが栗原のためになるのは間違いないのだ。
今はさみしいなんて言っているけれど。
「このぶんじゃ、夏休みも夏期講習で潰れちまいそうだな」
夏が終わる頃には自分たちの関係は変わっているだろう。
一緒にいる時間が減れば自然と疎遠になっていくものだ。
いきなり離れるのは、一太郎としてもつらいものがある。
少しずつ離れていく方法を取っているのは、栗原のためではなく自分のためだった。
周りには人がいて、話のできる相手だっていないわけではない。
それなのに、なにかどこかさみしい。
そんな気分が栗原といると消えた。
すぐに手を放してやれないのは、さみしさに一人取り残されるのが怖いからだ。
一緒にいたいと思える相手なんて長いこといなかった。
「オレはノロと一緒にいたいのに」
一太郎は、栗原のつぶやきが聞こえなかった振りをする。
そんな調子で、かなりしんみりした雰囲気の中で昼休みは過ぎていった。
午後の授業にも、なんとなく身が入らない。
休憩時間には栗原が話しかけてきたけれど、しんみりした空気はなくならなかった。
嘘をついているという負い目があるからかもしれない。
栗原の目を見て話せないまま、放課後がやってくる。
「マジで塾に行っちゃうのかよ?」
廊下を二人で歩いている最中も、栗原はぶつぶつ文句を言った。
「一ン日くらい休んでも良くねー?」
「無理だっつってんだろ。入ったばっかなんだぞ。真面目にやんねーと……」
「そうかもだけどさぁ」
なんだかおかしな気分になる。
廊下をてくてく二人で歩いているせいだろうか。
なんだか遊んでくれないとごねる恋人に手を焼かされているような気分。
「……いやいや……ないない……ないから」
「どしたの?」
小声でつぶやいたのを聞きとがめられたらしい。
栗原が不思議そうな顔で見ている。
「あ、いや……なんでもねぇよ。つか、お前、今日もサッカー部出んの?」
「うーん……どうかな」
表情からすると本気で悩んでいるようだった。
げた箱のところで靴を履き替えながら、なんでもなさそうに言ってみる。
「どうせ暇なんだから出とけば?」
「ヒマでも気ィ乗らねーときだってあるよ」
もし入部したら、こんな気まぐれは許されない。
実力があるから好き勝手をしていると、妬まれる元になってしまう。
「いいから出とけよ」
「なんで?」
聞かれても、まるきり本当のことは言えず代わりに「やや」本当のことを言う。
「なんかオレがヒマさせちまってるみてぇで心苦しくなるだろが。けど、お前がサッカーやってんなら、オレだって気が楽になる」
「ンだよ、それぇ……」
むつっと栗原が不満そうな声をもらした。
「罪悪感、軽くしてくれねぇのかよ」
「しゃあねぇなぁ……」
不満そうな表情は残したままだったけれどようやくうなずく。
一太郎は心の中で、ホッと息をついた。
頭の後ろで両腕を組み、栗原が前を歩いていく。
後ろ姿にまた胸がきゅっとなった。
なんだこれ、と思う。
突き放そうとしているのは自分なのに、置いてけぼりにされているような気持ちになっていた。
さみしい、という言葉が浮かんで消える。
(高校生にもなってさみしいとか…………ねえよ)
声が聞こえたかのように、栗原がくるっと振り返った。
びっくりして足を止める。
「マジで……塾、行くの? 一緒に……」
「何回も言わすな、しつけぇぞ」
最後まで聞きたくなくて、言葉を遮ってしまった。
栗原の言う「一緒に」が、心に痛かった。
「ん~わかったよ。わりーわりー」
栗原が前を向いて歩き出したので、一太郎も後ろに続く。
背中が遠ざかっていく気がした。
「んじゃ、オレ、サッカー行ってくる。ノロも塾……頑張ってな」
「……おう」
手を上げ、栗原は走って行ってしまった。
せつないような泣きたくなるような気持ちで背中を見つめる。
グラウンドに駆けて行った栗原はすぐに取り囲まれていた。
みんな、笑っている。
栗原も笑っていた。
視線を外し、一太郎は歩き出す。
一人ぼっちなのは自分だけでいいと、そう思っていた。
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