誘拐記念日

木継 槐

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4、

轍を辿る②

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…伝文視点…

店を出た俺は、ここからの状況を想定して一人『ゆりひめ寮』に向かった。
寮の従業員に案内を受けると、影子は食堂で作業をひと段落させて休憩しているところだった。
「やぁ。」
「何しに来たの?」
俺は影子の横に椅子をもってきて座った。
「そんな嫌煙してくれるなよ。いい情報を持ってきたってのに。」
「いい情報?」
「あいつらが近々ここに来るぞ。」
俺の一言に影子は眉間にしわを寄せた。
「言ったの?」
「あぁ、あいつらが条件に相当することを成し遂げたからな。」
「言うなって言っておいたでしょッ?!」
影子は動揺を隠せないのか、持っていた紙コップをぐしゃっと握りしめた。
「お前との契約は終了してるからな。次の依頼人の話を通すのは当たり前のことだろ。」
「……そうね。あなたはそういう人だったわ。」
窓の外は雨が降り始めて、俺は鞄から折り畳み傘を準備した。

「なぁ影子。宗太は家族なんだからちゃんと話してやれ。」
「家族じゃないわ。」
「半分は血が繋がってるだろ。」
「半分だけ。」
「そんなこと言ったら、生粋の兄弟でも血液の遺伝子はばらつくだろ。」
影子は苦しそうにこちらを睨みつけて、すぐに目を逸らした。
「あなたのそういうところが嫌いなのよ。」
「そうかよ。」
「雨、酷くならないうちに帰っ……」
俺は俯いたままの影子の額に唇を寄せた。
影子はすぐに目を見開いて自身の額に手を当てた。
「……何ッ?!」
「キスだろ。」
「なんで?!」
「お前に惚れてっからだよ。」
俺の告白に影子は口を開けたまま硬直した。
そりゃ分からなかっただろうよ、大の大人が必死に隠したものを未成年のウブ娘に分かってたまるか。
「言っておくが、惚れたから依頼を受けたわけじゃない、惚れたのは受けた後だ。」
「し、知らないわよそんなこと。」
「だろうな。」
影子は瞳を泳がせて俺の目を見入った。

「心配すんな。答えを求めてるってわけじゃねぇよ。俺はお前らには親愛を抱くって決めたんだよ。」
「じゃあ……?」
「もう俺と顔を合わせたくないだろうから伝えておこうと思っただけだ。」
「……確かにその顔を見るのは……ちょっと。」
やっぱりか。影子の中に文士がいる、ってことはリサの中にも俺はそう映ってるだろう。
「あいつと好みまで似たなんて笑い話だな。」
「悪趣味……大っ嫌い。」
「分かってるさ。じゃ、帰るわ。」
俺は席を立って鞄を背負いなおした。

「またな。」
「さよなら。」
影子の返事に俺は影子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「未成年が俺を振るなんて100年早いんだよ、ばぁか。」
「なッ?!」
「じゃ、またな。」
「……。」
返事も返さない影子に俺は溜息をもらしながら背を向けて部屋の出口へ向かった。
「伝文さん。」
「ッ……ん?」
初めて呼ばれた名前に、背を向けたまま返事を返す。
「ありがと。今までも、告白も。」
「……おう。」
俺はひらひらと手を振って部屋を出た。
そのまま施設を出ると、雨はやんでまぶしいほどに月が出ていた。
「あまりにタイミングわりぃんだよ、夏目漱石。」
つぶやいた独り言は肌寒い空に消えていった。
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