王を恨んだ妃 第1章~復讐~

木継 槐

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幼少期~煌の視点~

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「馬が汚れたではないか!!」
「ッ!?」
俺は民を馬の上から見下し、罵声を吐いた。
そのとき俺を見上げたあの涙で震える瞳を俺は見返すことができなかった。

悲劇を生んだのは、紛れもなく俺の馬の扱いの粗雑さが所以だろう。
しかしここまで俺が気を強く持たなくてはいけないのには、俺の幼少期からの王室の中の確執が根本にある。

……。
これは俺の弟が生まれて2年程が経ったある風が暖かい春の日のこと。

宮中では俺は王と正室嬉彬キヒンの間に生まれた嫡男だからと皆俺を贔屓して、異母弟のセンはまだやっとよちよちと足を縺れさせながら俺の後を歩く幼さがある。
そして同時に一つしか年の離れていない斬に兄らしく振る舞いたいと奮闘する俺の姿もあった。
しかしその関係に少しずつひずみが生まれ始めた。

その日俺は斬と二人で石積みを競っていた。
手元の石をどれほど高く詰めるか競争する遊びで、俺の得意な遊びだったこともあり、俺は兄の威厳を見せたくて無我夢中で石積みに励んだ。

するとある小さな石が斬の積んでいた山からこぼれた。
その行く先を追うと誰かの足下に当たり止まった。

「はて……今日は何の遊びをしているのだ?」
「ッ!」
頭上から聞こえてきた低く厳かな声に俺はすぐに立ち上がり頭を下げた。
その声の相手は俺の行動の通りこの国の王、そして俺と斬の父上であるリォンだった。

しかし斬は父上のお立場をわからないらしい。父上の足下にまで転がった石を拾い上げ顔を見るなり思いがけない行動をとった。
「父上!どうぞ。」
「ん?これをくれるのか?」

斬は自分の持っていた石を父上に渡した。父上は驚いたのか目を見開いて斬の顔を見入った。
「こら、斬!!」
「なりません、世弟せじぇ様ッ。」
斬の行為はとても素晴らしいこととは言えなかった。
なぜなら国の象徴となる方に土で汚れた石を差し出すのだ。誰が考えても無礼な行いになってしまう。

俺も下のものも慌てる中、父上は微笑み斬の手から石を受け取り斬の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「どうして俺に石を渡したのだ?」
「父上なら石積みの良い積み方を知っていると思ったのです。」
「良い積み方?生憎だが高く積むのは俺よりもそなたの兄、ファンに勝てたことがないのだ。」

父はそう言って俺を立ててくれた。
世子の立場というのはそれだけ特別なのだ。
それが俺には優越的で心地がいい。…はずだった。

しかし次の斬の一言で俺の地位に小さなひびが入った。
「いいえ。僕の知りたいのはこの石が落ちない積み重ね方なのです、父上。」
「ッ……。」

斬の言葉の意外性が面白かったのか、父上は斬を抱き上げた。そして斬の目線は俺より遙か高いところで俺を見下ろした。

それが俺の浅はかさを露呈されたようで、気恥ずかしくて俺はその場から走り去るしかなかった。
しかし走っているうちに俺の中である疑問が浮かんだ。

”なぜだ!?”
”なぜ俺がいなくならないといけないんだ!!”
”なぜ俺を抱き上げてくれなかったんだ!!”
”なぜ弟に見下されるんだ!!”

”俺の方が石積みだって位だって上じゃないか!!!”

がむしゃらに走り続け母上のいる部屋『慶幸宮ぎょんれいぐん』まで来たとき、俺の中の羞恥心はいつしか劣等感と今やどこにも向けようのない敗北感に変わっていた。

俺は取り次ぎも交わさないまま生け花をする母上の前に姿を現した。
「こら!そなた礼儀もなさないとは何事か…ッ!!?」
母上はそう言って俺を見上げたが俺の顔を見るなり表情を曇らせた。

「申し訳ありません、母上。」
「何かあったのか…?涙を流すほどなんて…。」
俺は母上の言葉でやっと自分の頬に涙が流れていたのだと気づき袖で拭った。
涙の跡がついた袖はまだ指の先ほどしか自分の手が見えない。大きく作られている着物は俺の幼さを誇張しているようでなおさら悔しかった。

そして母に促されるまま俺は先ほどの一部始終を告げた。
すると母上の顔がみるみる険しいものへと変わった。

「……私の心が弱いからですよね?」
母上の顔色を見て俺はつい弱々しい声でそう尋ねた。すると母上は口角だけあげて俺を抱きしめた。

「違うわ、煌。あなたはこの国を継ぐ存在です。誰とも比べられてはならない孤高な存在なのよ。私の宝だわ。あなたは思うまま生きて良いのよ!!」
「母上……。」
「私があなたを必ず国王にしてみせるわ。王様と私の子だもの。王になる逸材に決まっているんだから!」

その母上の言葉は俺を勇気づけると言うよりもまるで母上自身が自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

俺も強くならなければならない。そう改めて俺は母上の腕の中で歯を食いしばった。
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