底なしαの慈郎さんと、底抜けβの太郎君

あうる

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太郎くんと慈郎さんは蟹を食べたい。

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ふんふんふ~んと、わけもなく鼻歌をうたいたくなる。
そんな気分になれるのは、きっと今が幸せだから。

誰かの待つ家に帰るというのは、こんなにも心躍ることだったんだな。

頬をだらしなく緩ませながら、本日の戦利品である大きな白菜の入ったエコバッグを振り回し、住み慣れたボロ屋の扉を勢いよく開く。

「慈郎さんたっだいま~!」
「おかえりなさい、太郎くん。
そろそろ帰ってくる頃だと思っていましたよ」

明かりのついた暖かい部屋に、自分の帰りを待っていてくれる人。
流れ込むほんわかした空気に、ゆるゆるの表情をさらに溶かしながら、勢いよく片手を上げ、ずっしりと重いエコバッグを持ち上げる。

「見てみて慈郎さん!これ、今日駅前の八百屋で白菜が一玉100円だったよ!」

「おや、ちょうど良かったですね。ふるさと納税の蟹も丁度いい加減に解凍されてますし、今日は鍋にしましょうか」 

さり気なく重い荷物を受けとりながら「いい白菜ですね。太郎さんは流石やり繰り上手です」と褒め言葉も忘れない。

「わーい!!やった!カニ鍋大好き!〆はうどん?雑炊?」
「冷凍ご飯があるので、雑炊でいいですか?」
「もち!」
「さ、後は私がやりますから。太郎さんはこたつにでも入って休んでいてください。 あ、中にサブローさんがいるかもしれませんが……」
「サブローさん、蟹だよ~?」

こたつの端をぺろっとめくり、愛猫の名を呼ぶが、こたつ布団の中にでも隠れてあるのか、その姿は見えない。

「あれ、どこいったんだろ?
……ってか俺も料理するの手伝うよ!二人で作ったほうが早く食えるしさ」
「そうですか?では………」

可愛らしい猫のついたエプロンを渡され、いそいそと身につければ、お揃いの格好をした同居人はすでに台所に立ち、冷蔵庫から解凍された蟹を取り出している。
さすが地元から直送されただけある立派な蟹だ。

「俺、カニの脚バラしたい!」
「解体するなら軍手を使ったほうがいいかもしれませんね。トゲもありますし、怪我には気をつけないと」
「毛蟹だけに?」
「これは越前カニですが、毛ガニのほうが良かったですか??」

「「…………」」

相互理解の壁に沈黙する二人。  

そんな時、話し声に興味をそそられて仲間に入ろうとでも思ったのか。

「ニャァ」

スラリとした肢体をくねらせ、コタツの毛布をくぐり抜けて現れた白黒の猫は、当然のように二人の間に挟まると、両方の足元に顔をすりすりしながら「何してるの?」とでも言わんばかりに上を向き、もう一度「ニャ」と短い鳴き声を上げる。

「サブローさんみっけ!ほらカニだよ~」

折角ならよく見せてあげよう、と完全なる善意でサブローをひょいと抱えた太郎。

「んみゃ!?!」

太郎の腕の中、慈郎が両手に抱えたままだった蟹の存在に今初めて気づいたサブロー。
謎の怪物にでも出くわしたような悲鳴を上げて体を反転させ、そのまま太郎の背中に駆け上がる。

「いてて、サブローさん痛いって!」
「ミャ、ミャミャ……!!」

肩口までたどり着き、太郎の背中を盾のようにしながらも、やはり未知の怪物が気になるのかちょいちょい、と身を乗り出し、前足を出して蟹を威嚇するサブロー。 

「慈郎さんスマホ持ってる!?サブローさんの動画撮って!!今、いま!」
「ちょ止まってください太郎さん。……大丈夫ですよサブローさん、これはもう死んでますから……」
「ふにゃー!」
「痛ーー!?ってちょ、サブローさんっ!」

動かないことを見せ、落ち着かそうと思ったのか、カニを持ったままゆっくり一歩近づいてきた慈郎に、肩に乗ったままのサブローが背中を丸めて飛び上がり、勢いよく床に落ちた。
そしてそのまま脱兎のごとくコタツの中に逃げていく。

その姿に一瞬あっけにとられが、腹を抱え、最初に笑いだしたのは太郎だった。

「あははは!!サブローさんビビりすぎ!」
「大丈夫ですか太郎さん!あぁすみません、私が迂闊に近づいたせいで頬に爪の跡が…!」 
「平気平気!舐めときゃ治るってぇ」

シュッと斜めに走った傷は、飛び跳ねたサブローさんを捕まえようとして逃げられたのが原因だ。
ゴシゴシと頬をこする太郎に、蟹を台所に置いた慈郎が慌ててストップをかける。 

「駄目ですよ!消毒しないと!」
「え~平気だと思うけど。
どうしてもって言うなら、慈郎さんが消毒してくれる?」

ニカッと笑い、ちょんちょんと傷を指差す。

「あ、間違った。
慈郎さんが、じゃなくて、慈郎さんで・・・・・お願いね?」
「消毒どころかバイキンに侵されるかもしれませんが?」
「俺バイキンマン好きだし。ジロ菌なら大歓迎」

少し困ったような表情を見せながらも、両手を広げて歓迎する太郎を己の腕に引き寄せ、はぁとため息を吐く慈郎。
丁度寒かったこともあり、そのままぎゅっと背中を抱きしめれば、「やっぱり駄目です太郎さん。ちゃんとした消毒もしましょう」と真面目な声。

「太郎さんの顔に傷が残ったら、私は一生後悔します」
消毒液をとってきます、と言いながら側を離れようとする慈郎。
「やだ、俺傷物になっちゃう?」
「その時は私が嫁にもらいますが」
「それめっちゃお得じゃん!ひっかき傷一つで慈郎さんをお婿さんにできるとかコスパ最高」
「太郎さんがいれば私はいつだって幸せですよ?」
「俺と慈郎さんサブローさん。そこに蟹があればもっと最高」
「……はい、ではちょっと染みますよ」
「う」

手際よく消毒し、絆創膏をペタリと貼り付けられる。

「お風呂に入る前まではつけておいてくださいね?」
「了解!んじゃ、カニ鍋の準備再開しよ?俺お腹グーグーよ?」
「それは大変だ」

温かい家に、家族みたいな同居人がいて、娘みたいに可愛い飼い猫も一緒に、皆で鍋を囲む。

その同居人が恋人なら、尚更。 

「幸せだなぁ」
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