底なしαの慈郎さんと、底抜けβの太郎君

あうる

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旅行で一番楽しいのは出かける前日だよね。

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俺と太郎さんの初温泉デート。 
二人で家の外に出たのなんて、思い返せばこれが初めてになるかもしれない。

「一緒に家を出て、一緒に家に帰れるなんて幸せですね」
「そだねー」

家族、って気がする。
口にはしないけど、たぶん慈郎さんも同じ思いだろう。

「ねぇ慈郎さん」
「なんですか、太郎さん」
「この掛け合いってさ、なんか昔話みたいで好きなんだよね、俺」

おじいさんとおばあさんは幸せに暮らしましたとさ、ちゃんちゃん、で終わる感じの。

「あぁ、確かに。
今となっては太郎と次郎なんて名前を兄弟でつける人もほとんどいませんしね」
「俺たちは兄弟ですらないけど」
「もう家族なのですからいいじゃないですか」
「こりゃ一本取られた!」

あはは、と俺は笑う。
本当の慈郎さんの家族はどうなってんの~?とか、絶対に聞けない。
慧慈郎、という名前はたぶん本名だと思うし、その名前をパソコンの前で検索してみようと思ったのも事実。
慈郎さんほどの優秀なαなら、名前を検索すれば、どこかしらにその痕跡が残されている可能性は十分ある。
多分、そこそこいいお家に育った人だと思うんだ、この人は。

「慈郎さんってば俺みたいなやさぐれβの家族になっちゃって大丈夫??」
「あぁ、言い方を間違いました。私は太郎さんの家族になるのではなく、旦那さんになるんでしたよね」

それって確認してるんじゃなくて、念押してるだけだよね?慈郎さん。
まぁ養ってもらう気満々な俺に文句を言う気なんてさらさらないけれども。

「つまり、今度の旅行は私たちのハネムーンということになるのではないでしょうか」
「婚前旅行の間違いじゃない?」
「世の中には事実婚という言葉がありますので。
あぁ、正式な手続きは後で弁護士を通してきちんとやっておきますからご心配なく」
「そこはもう承諾済みって認識なのね、なるほど」
「それはもうなる早で」
「なるはや……どこで覚えたの?そんな言葉」

慈郎さんってば何しても可愛い。
本当に可愛い。
最近俺が読んでたラノベで勉強したのか、変な言葉を使いたがる所も無茶苦茶可愛い。

「でも、サブローさんの事は本当にいいんですか?」
「うん。竹脇に温泉行くっつったら、ペット連れは何かと大変だからやめとけって言われて」

本当はサブローさんにも蟹を食べさせてあげたかったのだが、残念ながら今回は断念した。
有休の件を聞きつけ、スマホに鬼電してきた竹脇に「温泉行ってくるね~!」と惚気まくったら、根掘り葉掘り追及された挙句、言われたのがそれ。
温泉旅行を止められなかったことは逆に不思議だが、サブローさんの件に関してだけは、「土地勘のない場所で猫が迷子になったら二度と戻ってこないぞ、いいのか!?」と、強めに忠告された。

「それ聞いて前にさ、どっかの高速のインターで迷子猫の張り紙見たの思い出しちゃって」

『絶対見つからないよなー』、なんて言ってる周囲の声が悲しかったし、多分そうなんだろうな、と心のどこかで思ってしまう俺自身もなんだか嫌で。

「連絡先として書いてある住所がそこから100キロ以上離れた場所でさ。
そんな場所からわざわざ一緒に旅行に連れてきた家族を、見知らぬ土地に置いて帰らなきゃいけなかった人達は、無茶苦茶後悔したんだろうな、とか。なんかそういうの思い出して」

純粋に、それだけは絶対に嫌だな、と思ったんだよな。

「太郎さんは優しいですね」
「いんや、ただ臆病なだけだと思う。
慈郎さんも、俺から離れていくときはお願いだから一声かけてってね?」
「そんなことをサラッと言えてしまう太郎さんが心配なので、何があっても絶対に太郎さんからは離れないようにします」

慈郎さんに心配されるレベルの俺のメンタル、闇深すぎの自覚はちょっとだけある。

「ま、部長がサブローさんを預かるって言いだしたのは予想外だったけど」
「お子さんが軽い猫アレルギーでこれまで猫が飼えなかったんでしたっけ?」
「そう。ちょっとしたレンタルキャット気分でうきうきみたい」

竹脇から連絡があった後、やはり今からでもペットホテルを探してみるべきかと二人で話し合っていたその最中、救いの神は現れた。
竹脇から旅行の件を聞かされた部長が、うちのサブローさんを家で預かってくれると申し出てくれたのだ。

「まぁ、部長にはこれまで何回もサブローさんの写真を見せてるし、一回生で触ってみたかったんだって」
「以前猫を飼っていたこともあるというのなら、お世話も安心ですしね」
「部長が仕事で家にいない間は、部長ん家のお子さんが交換で面倒見に来てくれるって話」
「猫アレルギーは大丈夫なのですか?」
「大人になってからはほぼ問題ないレベルだってさ。短時間なら大丈夫だって医者のお墨付きももらったみたい」

要は、あの家族はみんな揃ってうちのサブローさんにメロメロなのである。

「太郎さんは部長一家と面識が?」

まぁそこ、不思議に思うよね。

「あるよ。下の女の子に頼まれて 一緒に部長のサプライズ誕生日パーティーやったことあるし」

部下と娘による渾身の手作りケーキとか、正直意味不明なプレゼントだったが。
息子から手渡された花束を腕一杯に抱え、滅多にない満面の笑顔を浮かべた部長の姿は今でもいい思い出だ。
ナチュラルに部長宅の家族写真に納まる俺。
ちなみにその写真は、今でも部長宅のリビングに大切に飾られているという。

その子供達二人からは、「たくさんサブローちゃんの写真撮って送ります!」という頼もしいメールが送られてきており、お迎えの準備は万端な模様。
猫好きなのにアレルギーで猫が飼えないというのは、案外あるあるな話のようだ。
ちなみに実はサブローさんは雌なので、二人はサブローさんを「ちゃん」で呼ぶ。
なんか北島〇郎みたいでちょっとおっさん臭い、と内心で思ったのは内緒だ。

「つまり、部長さんにとっては太郎さんも自分の息子のようなもの……ということなのでしょうか

「あぁ、確かにそんな感じなのかも。息子の嫁に来いとか言われたし」
「行きませんよね?」
「うん、目が怖い。目が怖いよ、慈郎さん」

ただの冗談にそこまで過敏に反応しないでほしい。
本当に、心臓がどきどきするから。

「あっちの兄妹にとっちゃ、俺って年の離れた上の兄枠なの」

だからそういう話とかは、正直全然実感がわかない。

「なぜ職務上の上司と家族ぐるみの付き合いをするように?」
「今日の慈郎さんはぐいぐいくるな~、まぁいいけどさ」

聞いて楽しい話ではないが、聞きたいというのなら何でも教えてあげよう。


「それはね、俺が慈郎さんと出会う前のお話です」
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