眠れるsubは苦労性

あうる

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「幼馴染って、一体どういうことですか先輩!!」
「……」

また呼び名が戻ってるぞ、と。
一瞬忠告してやろうと思って、辞めた。
むしろここは、タクシーで取り乱さず、社に戻ってくるまで我慢したその忍耐力を褒めてやるべきだろう。
………主に俺の胃の為に。

「わざわざ会議室に鍵までかけて何かと思えば…。ここまで待ったなら家に帰ってから話せばいいだろう」
「勿論話しますよ!今夜は徹底的に言葉でも体でも先輩と徹夜でトークさせていただきますが、それよりも先にまずは事情を説明してください!」
「えー」
「えーじゃない!可愛いからってごまかされませんよ!」

ぷんぷん、と子供みたいな態度で怒る紬だが、俺の背後は壁、目の前には紬の顔。
まぁつまりは、壁ドンという奴だ。

「可愛いのはお前だと思うけどな」
「ありがとうございます。じゃあこの可愛い顔に免じて、さぁ全てをまるっとげろっちゃってください」
「……訂正する。やっぱ可愛くない」

はぁ、とため息をつけば、「先輩はいつだって可愛いです」と意味の分からない答え。

「わかった、わかったからとりあえず座れ。仕事も残ってるし、手短に言うぞ」
「はい」
「あの四宮専務には、幼い頃家が近所でよく遊んでもらっていたんだ。
とはいっても、小学校に上がる前、随分小さなころの話で、今更顔を見たところでいまいちピンとこないくらいなんだが…」

今思い出しても、果たしてあの顔だったのか確信がない。
実家に電話して、一度子供の頃のアルバムを確認してみれば、一枚くらいは一緒に写っている写真があるかもしれないが、果たして何と言って説明するべきか。

「幼馴染っていうのは、つまり本当なんですね?」
「まぁ、そうだな」

確かに幼い頃毎日一緒に遊んでいた、という意味では幼馴染で間違いはないだろう。

「だが、さっきも言ったように本当に小さい頃の話でつい今さっき再会するまで存在すらも忘れてたくらいなんだぞ?」
「でも超絶プリチーな先輩とハッピーな幼児ライフを送ってたわけですよね?」
「……お前、脳までやられたのか?言語がおかしいぞ」

プリチーやらハッピーやら、社会人が日常会話に多用していい言葉ではないと思うのだが。

「嫉妬です」
「は?」
「嫉妬の心が俺をおかしくさせているので、先輩は俺の事をよしよしして慰めて可愛がるべきだと思います」
「図々しいな…」

実に堂々とした要求に呆れながらも、どうやら本気で言っているらしいと察し、すぐ近くにあるその体を抱き寄せ、よしよしと頭を撫でてやる。

「いつも思うけどな、お前本当にdomか?」
「先輩こそ男らしくて男気があってちょっとオカンみたいな所とか最高で…」
「わかった、わかったから…」

紬の口から俺の誉め言葉が始まると、照れるどころか若干引く。
というかおまえ、オカンってなんだよ。

「俺が今一番かわいがってるのは間違いなくお前だぞ?わかってるのか」
「わかってますよ…でも、先輩って案外押しに弱いから心配なんです」
「おい」

眉を寄せ、さすがに聞き捨てならないと紬をにらむ。

「睨んだってかわいいんですから駄目ですよ。そもそも俺とこんな風になったのだって、先輩が俺に同情したのが始まりじゃないですか」
「それは…」

確かに、domとして覚醒したばかりの紬がその性に戸惑う姿をみて、可哀そうだと思ったのは間違いない。

「ほら」
「ほら、じゃない。いいか紬、よく聞けよ?」
「はい」

はぁ、と一つ大きく深呼吸をしてから、紬の耳元でよく聞こえるように答えてやる。

「同情だろうが何だろうがな、何されるかもわからん相手に自分の体の支配権をすべて渡してやれるほど、俺はお人よしじゃない」
「……先輩」

ぐっと、泣きそうになるのをこらえるような紬のこの声。
この声に弱いんだ、と今更ながらに思う。

「お前だからこの関係になったんであって、さすがに他の奴が同じことをしたら専門家に相談するわ」
「先輩が相手をしたりしない?」
「当然だろ。なんでたいして親しくもない奴相手に自己犠牲を発揮しなきゃならん」
「でも、subはdomの命令は絶対ですよね?」
「俺がお前の命令に絶対服従したことがあるか?」
「……ないです」
「ほらな」

そこだけはプライドをもって言えるが、俺は他者に自分の意見を委ねることは嫌いだ。
subだからって、全てをdomに依存したいとはかけらも思わない。

「じゃあ先輩は、なんで俺と一緒にいてくれるんですか?」
「そりゃ決まってるだろ。お前が俺から離れないからだよ」
「……はい?」
「お前な、こんだけずっと付きまとって、構ってくれなきゃすねちゃう、とばかりにまとわりつかれたらそりゃ野良犬だって可愛くなるだろ」
「野良犬…」
「家に連れて帰って、飯を食わせて風呂に入らせて、よしよしして、一緒に寝る」
「わぁ、それ見事に俺に対する対応と一緒ですね。つまり俺ってやっぱり犬…」
「そんでもって、首輪をつけて一生大切に家族として過ごす」
「……俺たちの場合、首輪をつけるのは先輩の方ですけどね」

負け惜しみのように口にしながらも、見えない尻尾をぶんぶんと振り回している姿が目に浮かぶような答え。

「俺と一緒にいたいとお前が望んで、俺がそれを認めたんだ。他に理由なんてあるか馬鹿」
「……どうせ馬鹿ですよ。馬鹿犬なんで、先輩に一生付きまとって面倒見てもらうことにします」

今度は紬の方からぐっと抱きしめられ、少し安心する。
どことなく不安定だった紬の気配がようやく落ち着いてきたようだ。
紬がdomだからなのか、それとも俺がsubだからなのか。
俺はこいつの気配に妙に敏感で、怒ったり悲しんだりした姿をみるとどうも落ち着かなくなる。

「今日はいっぱいプレイしてもいいですか?先輩もそろそろ溜まってる頃ですよね?」
「溜まってる……という感覚はないが」

そもそもプレイをしないと体調を崩す、というのを聞いたことはあっても、それを実感したことはほとんどない。

「溜まってると言ったら溜まってるんですね。―――ね?」


結局お前がやりたいだけだろ、とか。
そんな大人げないことを言っても仕方ないかと、大人しく紬の腕の中に納まりながら、俺は「そうかもな」とだけ小さく呟いた。

確かに、疲れていることには間違いなかったからだ。
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