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不思議の国のアリスは、時計ウサギの後を追い、巣穴から落ちて奇妙な世界へとたどり着いたように
銀河鉄道の夜のジョバンニが、死んだ友人に霊に導かれ、美しい銀河の夜を旅したように。
未知の世界へ足を踏み入れるのに必要なものは、勇気でも覚悟でもない。
必要なのは後先考えぬ好奇心。
そして、扉の鍵を握る導き手の存在だ。
昔からある古びた喫茶店の一角。
マスターの立つカウンター席の足元には、大人一人ギリギリ寝転がれるような、不思議な空間がある。
表から見た時よりも不思議と奥行きの広く、沢山の毛布やクッションの持ち込まれたその場所は、たとえ覗き込んだとしても客からは決して見えず、また外の音も不思議とあまり響かない。
もとより私がその場所にいるときに声を上げることはほとんどないため、一見の客はまずその存在に気づくことはなく、マスターの足元の秘密を知るのは、数名いる常連という名のマスターの趣味仲間だけ。
彼らは時折、わざわざカウンターの裏側まで様子を見に来ては、頭を撫で、「元気?」と声をかけたり、「今日もいい子だね」と褒めたりしてくれるが、誰一人として、その状況の異様さを指摘する者はいない。
性質の悪いちょっかいをかけてくることもあるが、大体みないい人だ。
勿論、今の私の姿が一般的に見て普通であるはずはないのだが、彼らはそれを問題視しないし、異常だとも思わない。
そんな意味でも、ここは私にとってとても居心地の良い場所だった。
冷たい床には電気式のマットが敷かれ、手元には暇つぶしの為のタブレット。
基本的に見るのはサブスクで読み放題の電子書籍の類だけだが、これが意外と数が多い。
元々は飼い主が資料を閲覧するために購入していたものだったが、最近はこうして私が使用していることが多い。
イヤホンを渡され、映画やドラマなどを見ていても構わないとは言われているが、それは私が嫌だった。
いつだって、飼い主の声が聞こえるこの場所が私は好きだ。
イヤホンによって、その声が聞こえなくなるのは寂しい。
しみついた珈琲の匂いと、クラッシックなBGMをバックに聞く飼い主の声は、まるで優しい麻薬のようだ。
今日は一日雨だった。
店内に雨音はそれほど響かないが、客足はやはりいつもより鈍い。
きっと、もうそろそろ時間だろう。
もう少し、もう少しと思いながらも、暖かな毛布にくるまって、指先を滑らしページを捲っていけば、こくりこくりと揺れる首。
店を閉めてカウンターへと戻ってきた彼の飼い主がやってきて、そんな様子に「おまたせ」と少し笑いながら優しく頭を撫でた。
「今日もいい子だったね、”goodboy”」
彼のグレアは、彼の漂わせる珈琲の匂いのようで、鼻垂れるコマンドもまた、温かく依存性が高い。
褒められると、その瞬間自分の存在全てが肯定されたような幸福感に満たされ、堪らなくなるのだ。
抱き上げてくれようと差し出された腕にしがみつき、嬉しさにぐりぐりと何度も頬を摺り寄せる。
まるで本物の猫のようだ、と自分でも思うが、これが本能なのだから仕方ない。
あぁ、今日もいい日だなと飼い主の背中に顎を載せながら、うっとりと目を閉じる。
社畜なんてものはさっさとやめて正解だった。
このままいけばやがて人間だって辞めることになるかもしれないが、それだって後悔はない。
「さぁ、私のかわいい猫ちゃん。お家に帰ってお風呂に入ろうね」
終わりのない楽園への鍵を持つのは、穏やかにほほ笑む外見とは裏腹に、狂った紳士。
未知の世界へとつながる扉の鍵は好奇心と、後先を考えぬ蛮勇。
愛し愛され暮らすため、私は彼の猫になった。
銀河鉄道の夜のジョバンニが、死んだ友人に霊に導かれ、美しい銀河の夜を旅したように。
未知の世界へ足を踏み入れるのに必要なものは、勇気でも覚悟でもない。
必要なのは後先考えぬ好奇心。
そして、扉の鍵を握る導き手の存在だ。
昔からある古びた喫茶店の一角。
マスターの立つカウンター席の足元には、大人一人ギリギリ寝転がれるような、不思議な空間がある。
表から見た時よりも不思議と奥行きの広く、沢山の毛布やクッションの持ち込まれたその場所は、たとえ覗き込んだとしても客からは決して見えず、また外の音も不思議とあまり響かない。
もとより私がその場所にいるときに声を上げることはほとんどないため、一見の客はまずその存在に気づくことはなく、マスターの足元の秘密を知るのは、数名いる常連という名のマスターの趣味仲間だけ。
彼らは時折、わざわざカウンターの裏側まで様子を見に来ては、頭を撫で、「元気?」と声をかけたり、「今日もいい子だね」と褒めたりしてくれるが、誰一人として、その状況の異様さを指摘する者はいない。
性質の悪いちょっかいをかけてくることもあるが、大体みないい人だ。
勿論、今の私の姿が一般的に見て普通であるはずはないのだが、彼らはそれを問題視しないし、異常だとも思わない。
そんな意味でも、ここは私にとってとても居心地の良い場所だった。
冷たい床には電気式のマットが敷かれ、手元には暇つぶしの為のタブレット。
基本的に見るのはサブスクで読み放題の電子書籍の類だけだが、これが意外と数が多い。
元々は飼い主が資料を閲覧するために購入していたものだったが、最近はこうして私が使用していることが多い。
イヤホンを渡され、映画やドラマなどを見ていても構わないとは言われているが、それは私が嫌だった。
いつだって、飼い主の声が聞こえるこの場所が私は好きだ。
イヤホンによって、その声が聞こえなくなるのは寂しい。
しみついた珈琲の匂いと、クラッシックなBGMをバックに聞く飼い主の声は、まるで優しい麻薬のようだ。
今日は一日雨だった。
店内に雨音はそれほど響かないが、客足はやはりいつもより鈍い。
きっと、もうそろそろ時間だろう。
もう少し、もう少しと思いながらも、暖かな毛布にくるまって、指先を滑らしページを捲っていけば、こくりこくりと揺れる首。
店を閉めてカウンターへと戻ってきた彼の飼い主がやってきて、そんな様子に「おまたせ」と少し笑いながら優しく頭を撫でた。
「今日もいい子だったね、”goodboy”」
彼のグレアは、彼の漂わせる珈琲の匂いのようで、鼻垂れるコマンドもまた、温かく依存性が高い。
褒められると、その瞬間自分の存在全てが肯定されたような幸福感に満たされ、堪らなくなるのだ。
抱き上げてくれようと差し出された腕にしがみつき、嬉しさにぐりぐりと何度も頬を摺り寄せる。
まるで本物の猫のようだ、と自分でも思うが、これが本能なのだから仕方ない。
あぁ、今日もいい日だなと飼い主の背中に顎を載せながら、うっとりと目を閉じる。
社畜なんてものはさっさとやめて正解だった。
このままいけばやがて人間だって辞めることになるかもしれないが、それだって後悔はない。
「さぁ、私のかわいい猫ちゃん。お家に帰ってお風呂に入ろうね」
終わりのない楽園への鍵を持つのは、穏やかにほほ笑む外見とは裏腹に、狂った紳士。
未知の世界へとつながる扉の鍵は好奇心と、後先を考えぬ蛮勇。
愛し愛され暮らすため、私は彼の猫になった。
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