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「あぁ、一緒に……とはいっても仕事上のパートナーとしての意味なので」
マスターの顔色が曇ったことを感じ、直ぐ様訂正を入れる晶。
「普段一緒に組むことが多かったので、慣れない新天地にも無理の聞く相手を連れていきたかったのでしょう」
「女房役だった?」
「そうかもしれません」
勿論、仕事上の、という前提がつくが。
「一緒についていくことは考えなかったのかい?」
「考えはしましたが、当時の私には交際していた女性もいたので……」
「そう……」
珍しく黙り込んだマスターの沈黙が、どうしようもなく怖い。
考えてみれば、こんな話をマスターにしたのは初めてだったかもしれない。
「その女性が海外へ行くことに反対した?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「だが君は、その彼よりも交際していた女性を選んだんだろう?」
選んだ。そういわれればそうなるのか。
確かに、彼女は晶との結婚を視野に入れていた為、晶の海外赴任に消極的な態度ではあった。
だが、海外赴任に行くということはすなわち出世コースに乗るわけで、控えめにではあるが、「あなたがそれを選ぶなら、私は応援するわ」と言われていたのも事実。
社会的なステータスとして、海外への赴任には妻帯者が望ましいと言われていたこともあるし、彼女もまた「今すぐ結婚してくれるなら、仕事を辞めてついていっても構わない」と言ってくれていた。
ついて来てくれる、ということを素直に喜べればよかったのだろうが…。
「彼女の事は言い訳のようなもので、本当は少し……距離を置きたかったのかもしれません」
「その彼と?それとも彼女と?」
「……両方、でしょうか」
自分でもなぜそんなことを考えたのかはわからないし、彼には随分よくしてもらった覚えもある。
彼女なしで赴任すれば、恐らくは彼と公私を共にする生活になったであろうし、妻として彼女を伴ったとしても、今度は家族ぐるみでの私的な付き合いを余儀なくされる。
結局、晶はその重責から逃げたのだ。
「結果として、会社に残った私は海外へ行った彼の分まで仕事をすることになり、会社に泊りがけになることも当たり前の状態に」
そして妻になるとまで言ってくれたはずの女性は、あっさりと晶を捨てて去っていった。
「今思えば、彼女を妻にしなかったことは我ながら英断だと思います」
「そうだね。碌な結果にはならなかっただろう」
最悪、慣れない土地で疲れ果てた挙句、今回のようにSu bへ目覚め――――待っていたのは、泥沼の離婚劇か。
「彼女は、Subに目覚めた男はどうしても受け付けられない質のようだったので」
「私にとっては幸運の女神だな」
おかげで君を手に入れられた、とようやくいつもの微笑みを見せるマスター。
「女神…ですか」
「その彼にも感謝しているよ。結果的に彼のおかげで晶は私のもとに落ちてきた」
運命とは、これまでの選択してきた必然の行きつく先の一つであり、最終的に芽吹いた種。
原因がなければ、結果は生まれない。
「そう思うと、私も彼に感謝したほうがいいのでしょうか」
「晶は駄目。連絡も決して取ってはいけない」
その珍しく少し焦ったような声に、晶は思わず笑ってしまった。
「大丈夫です。連絡もなにも、スマホは随分前から、この部屋の引き出しに仕舞ったままですし」
「あぁ……そういえばそうだった。充電が切れたから、と言っていたね」
忘れていた、というわけではなかろうが、それだけマスターが本気で焦っていたのかもしれないと思うと、少し微笑ましく思う晶。
昨今では連絡先などは全てデータとしてスマホに記録される為、誰一人番号すら覚えていない。
スマホに関しては、別に預けるように言われたわけではないのだが、単に充電が切れてしまい、それ以降充電する気にもならなかったので、この部屋の引き出しに置きっぱなしになっている、ただそれだけだ。
「前の仕事の関係者から連絡が来ているかもしれないよ?」
「既に私には関係のない人達ですから」
今更戻って来いと言われることはないと思うが、今更「調子はどうだ」なんて白々しい連絡をされてきても迷惑だ。
あの男が海外から戻ってきたとすれば、連絡の一つや二つはあるかもしれないが……。
「今の私には、マスターがいれば十分なので」
マスターの顔色が曇ったことを感じ、直ぐ様訂正を入れる晶。
「普段一緒に組むことが多かったので、慣れない新天地にも無理の聞く相手を連れていきたかったのでしょう」
「女房役だった?」
「そうかもしれません」
勿論、仕事上の、という前提がつくが。
「一緒についていくことは考えなかったのかい?」
「考えはしましたが、当時の私には交際していた女性もいたので……」
「そう……」
珍しく黙り込んだマスターの沈黙が、どうしようもなく怖い。
考えてみれば、こんな話をマスターにしたのは初めてだったかもしれない。
「その女性が海外へ行くことに反対した?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「だが君は、その彼よりも交際していた女性を選んだんだろう?」
選んだ。そういわれればそうなるのか。
確かに、彼女は晶との結婚を視野に入れていた為、晶の海外赴任に消極的な態度ではあった。
だが、海外赴任に行くということはすなわち出世コースに乗るわけで、控えめにではあるが、「あなたがそれを選ぶなら、私は応援するわ」と言われていたのも事実。
社会的なステータスとして、海外への赴任には妻帯者が望ましいと言われていたこともあるし、彼女もまた「今すぐ結婚してくれるなら、仕事を辞めてついていっても構わない」と言ってくれていた。
ついて来てくれる、ということを素直に喜べればよかったのだろうが…。
「彼女の事は言い訳のようなもので、本当は少し……距離を置きたかったのかもしれません」
「その彼と?それとも彼女と?」
「……両方、でしょうか」
自分でもなぜそんなことを考えたのかはわからないし、彼には随分よくしてもらった覚えもある。
彼女なしで赴任すれば、恐らくは彼と公私を共にする生活になったであろうし、妻として彼女を伴ったとしても、今度は家族ぐるみでの私的な付き合いを余儀なくされる。
結局、晶はその重責から逃げたのだ。
「結果として、会社に残った私は海外へ行った彼の分まで仕事をすることになり、会社に泊りがけになることも当たり前の状態に」
そして妻になるとまで言ってくれたはずの女性は、あっさりと晶を捨てて去っていった。
「今思えば、彼女を妻にしなかったことは我ながら英断だと思います」
「そうだね。碌な結果にはならなかっただろう」
最悪、慣れない土地で疲れ果てた挙句、今回のようにSu bへ目覚め――――待っていたのは、泥沼の離婚劇か。
「彼女は、Subに目覚めた男はどうしても受け付けられない質のようだったので」
「私にとっては幸運の女神だな」
おかげで君を手に入れられた、とようやくいつもの微笑みを見せるマスター。
「女神…ですか」
「その彼にも感謝しているよ。結果的に彼のおかげで晶は私のもとに落ちてきた」
運命とは、これまでの選択してきた必然の行きつく先の一つであり、最終的に芽吹いた種。
原因がなければ、結果は生まれない。
「そう思うと、私も彼に感謝したほうがいいのでしょうか」
「晶は駄目。連絡も決して取ってはいけない」
その珍しく少し焦ったような声に、晶は思わず笑ってしまった。
「大丈夫です。連絡もなにも、スマホは随分前から、この部屋の引き出しに仕舞ったままですし」
「あぁ……そういえばそうだった。充電が切れたから、と言っていたね」
忘れていた、というわけではなかろうが、それだけマスターが本気で焦っていたのかもしれないと思うと、少し微笑ましく思う晶。
昨今では連絡先などは全てデータとしてスマホに記録される為、誰一人番号すら覚えていない。
スマホに関しては、別に預けるように言われたわけではないのだが、単に充電が切れてしまい、それ以降充電する気にもならなかったので、この部屋の引き出しに置きっぱなしになっている、ただそれだけだ。
「前の仕事の関係者から連絡が来ているかもしれないよ?」
「既に私には関係のない人達ですから」
今更戻って来いと言われることはないと思うが、今更「調子はどうだ」なんて白々しい連絡をされてきても迷惑だ。
あの男が海外から戻ってきたとすれば、連絡の一つや二つはあるかもしれないが……。
「今の私には、マスターがいれば十分なので」
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