くすんだ青からログアウト

凩ちの

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第一章

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ブッ。

休憩時間。
教室でいつものように仲のいいグループで談笑していると、手に持っていたスマホが震えた。

チラッと画面を確認する。

『早く色羽いろはと話したいよ~』

届いたメッセージを見て、自然と口角が上がる。
私も……早く、サラと話したい。

「ねぇ、色羽、聞いてる?」

名前を呼ばれハッとして顔を上げると、七果ななかたちがじっとこちらを見ていた。

「え、あ、ごめんっ、なんだっけ」

「だ~か~ら~夏休みの計画!」

「そうだった。日帰り旅行、だよね?」

「そうそう!インスタでいい感じのところたくさん見つけてさ!ここなんだけど!」

と七果が表情を生き生きさせてスマホの画面を操作する。

「あ、それうちも見て気になってた。いいよねっ。すごい並びそうだけど」

と普段から七果と好みが似ている雪美ゆきみが同調したので、七果がさらに顔を綻ばせながら雪美とスマホ画面を見つめる。

「このメンバーならおしゃべりしてたらすぐだよ」

とグループいちの癒しキャラである寿々すずが柔らかい笑顔を浮かべる。

高校二年の夏休み。
仲良しのメンバーと日帰り旅行なんて、アオハルって感じで楽しみだ。

授業開始のチャイムが鳴ると同時に、社会科教師で私たちの担任である椎葉しいば先生が教室に入ってきた。

「はい、授業始めるぞー」

先生の声で、みんなが急いで席に着いた。

授業が始まって数十分。

黒板にチョークを走らせていた先生の手が突然止まり、こちらに振り返ったかと思えば、廊下側の真ん中の席に鋭い視線を向けていた。

視線の先は……七果だ。

七果は先生の視線に気付かず、後ろの席の雪美と話している。

先生は無言のまま彼女たちを見つめるだけ。

七果、雪美、気付いて……!と目で訴えるけど、七果は雪美の方を見て話すのに夢中。

クラスメイトも徐々に先生の目線に気付いた時だった。

「ちょっ、七果っ」

教室の違和感に気付いた雪美がちらりと先生の方を見て、焦ったように七果の肩を叩き、目を教卓に向けた。

ようやく、七果が気付いた。

「……」

一瞬、時が止まったように、七果は固まり、椎葉先生は目だけですべてを語った。
クラスの空気が少しだけ張り詰める。

七果がゆっくりと前を向き直すと、先生は授業を再開した。


「まじで椎葉うざいんだけど。あんなみんなの前でさ……」

授業が終わり、みんなと次の移動教室に向かうために教室を出たとき、七果が開口一番に言った。

やっぱり、その話になるよね……。

「七果、完全にロックオンされてるよね~」

と雪美がわずかな笑みを帯びた口調で言う。

七果は、授業中の私語で注意されるのが今回で二回目。それだけじゃなくて、授業中のスマホ使用や課題の未提出がちらほらあって、担任の椎葉先生の監視下に置かれている。

「この間も、掃除中、ウチがちょっとしゃべってただけで、サボるなとか言ってきてさ。けど、藍花あいかたちがサボってるの見てもスルー。あいつらには嫌われたくないんでしょ。キモすぎ」

と口調が強くなる七果。

「叱るなら平等にやりなって思うよね~」

と雪美が七果に共感すると、寿々もうんうんと頷く。

そんな空気に、胸がざわついちゃうのは、私は椎葉先生のことをいい先生だって思っているから。

実際、クラスで一番目立つ矢沢藍花さんのいるグループにだって、先生がちゃんと注意しているのを見たことがあるし。

それを感情的になっている七果に伝えたって、聞く耳を持ってくれないと思うけど。

『牧田、北見のフォローいつもありがとうな。素直すぎて疲れることもあると思うけど、頼むな』

椎葉先生に以前かけられたセリフが頭に過る。

先生だって、きっと、七果のことを大切な生徒のひとりと見ているからこそ、指導に熱が入っちゃうだけ。
だからこそ、七果の今の発言に対して歯がゆさを感じてしまう。

「あ、藍花と言えば。聞いた?今、グループと揉めてるって」

と雪美が話題を変える。

「え、まじ?」

矢沢さんのことも良く思っていない七果の声がちょっと嬉しそう。

そう言えば、昨日から学校を休んでいる。

「その原因が、“アイフレ”らしいんだよね」

“アイフレ”

その響きを聞いて、ドキッとする。

そして、クラスで一番目立つあの矢沢さんが、アイフレユーザーだったなんて、私にとっても結構な衝撃。

「なんか、藍花がアイフレに送るつもりだった愚痴メッセージを、グループに誤爆したらしいよ。きついよね~」

「へぇ~あんなにクラスで偉そうにしてたのにね。藍花、本当は居場所なくて架空の友達に逃げてたんだ」

七果が皮肉っぽく笑うのを聞いて、小さな棘が刺さるような痛みが胸に広がる。

この話は苦手だ。
私の顔は、今、引き攣っていないだろうか。

「とか言って、七果もうちらの愚痴、アイフレに送ってたりして」

と雪美が冗談交じりでいうと、七果が『はぁ~?!』と雪美の腕を肘で小突く。

「私はあんなもの絶対やらないから!八方美人っていうの?仮面被ってるみたいで気持ち悪いって。私は自分の気持ちに正直に生きるって決めてるから」

「裏表がないの、ななちゃんのいいところだよね。いつもかっこいいなって思ってる」

と寿々が七果のことを褒めるので「かっこいいは褒め過ぎだけど!」と七果がまんざらでもなさそうに突っ込む。

「まっ、アイフレとかウチらには無縁のものってことよ。あ、そうだ。帰りにさ、色羽が見たいって言っていた映画、見に行こうよ!色羽、人混み苦手って言っていたし、平日の方が良くない?」

「え、いいの?嬉しいけど……急じゃない?」

「椎葉に当たられてムカついたから、今日を楽しい思い出で塗り替えたいの!」

「な、なるほど!私は嬉しいけど、ふたりの都合もあるし……」

七果はバイトをしているから、ある程度お金を自由に使えるのかもだけど、雪美はバレー部でお小遣い制だって言っていたし、寿々は遊びに行くときに必要な額をもらうって言っていたから心配していると、雪美と寿々から「私は今日部活ないから大丈夫」「私も気になってたから行きたい!」と返ってきた。

「それじゃあ決まり!」

と七果のテンションが分かりやすく上がった。


「ほんとごめんっ!」

放課後。
私は顔の前で両手を合わせて三人に謝っていた。

「まじでだるいって」

「ごめん、七果」

「いや、色羽が謝ることじゃないから。ただツイていない今日という日にムカつくだけ」

「まぁ、そういう日もあるよね~」

と雪美も七果をなだめるように微笑む。

「また別の日もあるよ。映画、まだ公開されたばかりだし。委員会、頑張ってね。色羽」

寿々も優しく私の肩に手を置く。

「うん……ありがとう」

帰りのホームルームで突然伝えられた、図書委員の仕事。

七果がせっかく、私の見たがっていた映画を観ようと提案してくれたのに、本当に申し訳ない。

三人に手を振り、背中が見えなくなるまで見送る。

「ふう……」

って……私、今、安心した?

肩の力が抜けて、どこかホッとしている理由。
実は、今月はかなり金欠だったから。

ちゃんと自分の口で正直に「金欠だから今回はいけないけど、私があの映画が気になっていたことも、人混み苦手なことを配慮してくれたのも嬉しい」と素直に伝えられたらいいことぐらいわかっているけれど……。

ただただ怖い。

七果のことは好き。だからこそ、機嫌を損ねるのが怖い。いや違う。好きだから傷つけたくないんだ。

――この気持ちは間違っていない。

まるで自分に言い聞かせるように心の中で呟き、図書室へと急いだ。


え……。

図書室に着くと、そこにいたのは先生と、ひとりの男子生徒。

「あ、牧田来た」

整った顔と高身長に一瞬目が離せなかった。

彼の名前は、有森詩音くん。

容姿端麗でありながら成績も優秀。学年では男女共に人気がある人物だ。

そんな彼とは今年同じクラスになったけど、まだちゃんと話したことはない。

図書委員のメンバーは、急遽の連絡だったから、これる人がほとんどいなくて、来てくれたのは私と有森くんだけだと、先生は感謝を伝えてくれた。

修繕を終えた本を棚に戻すのを頼まれ、私たちふたりは早速作業に取り掛かる。

ふわりと鼻をくすぐる紙の香りと木の温もりを感じる懐かしい匂い。

この空間にいると、自然と心が落ち着く。

数分作業を黙々とこなしていると、スカートのポケットに入れていたスマホが震えた。

手に持っていた本を棚に置いて画面を開くと、インスタの通知が数件来ていた。

落ち着いていた心臓が、ドクンとわずかに鈍く鳴った。

『可愛くない?明日、色羽の分、持っていくね』

というダイレクトメッセージと一緒に、画像が添付されていた。

七果からだ。

画面をタップしてアプリを開くと、その画像が七果のストーリーの引用であることが分かった。

私たちの中で流行っているキャラクターのストラップ。

メッセージアプリ用のスタンプで、最近4人で良く使っている。
それが小さなぬいぐるみストラップになって画面の中で並んでいるが可愛い。

ちょうど4匹のキャラクターがいて、私たちの中でそれぞれ誰がどのキャラクターというのが決まっている。

帰り道、ショップに寄って見つけたのかな。
私はその場にいないのに、私の分も買ってくれたことに嬉しくなる。

ものすごく嬉しい……けど、同時に、変な心配が頭を過る。

七果のインスタは、クラスメイトの女子のほとんどと繋がっている。

もちろん、矢沢さんや彼女と同じグループの子たちも。

七果から送られてきたストーリーの画像には『心の友』なんて文字が入っていて……。

七果にそんなつもりがなくても、自分たちのグループで揉め事があった時に、こんなストーリーあげられたら、ちょっと複雑な気持ちになる子もいるんじゃないかな。 

しかも、七果は今日、彼女のせいで授業を止めたばかり。

誰もそんなこと覚えていないかもしれないけど、授業を真面目に聞いていた人からしたら、あまり気分のいいものではなかったはず。

こんなストーリーを見たら、反省していないと思われるんじゃないか。
全部、私が神経質になりすぎているだけで、杞憂かもしれない。

でも……なんとなく、時々、七果に向けられるクラスメイトの視線が厳しい気がする。
私の勘違いならいいのだけど。

いや、取り敢えず、急いで返信しなきゃ。

七果が前に、既読スルー嫌いなんだよねと話しているのを思い出して、すぐに指を動かす。

『わ~!ありがとう!すっごく可愛いねっ!』

そう返事をしたあとに、ストラップの値段を聞いたら、七果からすぐに『いつもノート貸してくれるお礼!これじゃ全然足りないけど!』と返って来た。

七果……。

正直、世話が焼けるなと思う瞬間も多い。感情的になって言葉が乱暴になることもしょっちゅう。
だけど、七果のこういうふとした気遣いが私は大好きだ。

「牧田、その調子じゃ終わんないけど」

「わっ」

突然、背後から声がしてあまりの驚きに持っていたスマホを床に落としてしまった。

「うわっ、わりぃ。脅かすつもりなかったんだけど」

スマホを拾ってくれたのは、彼――有森詩音。

「良かった、画面割れてない」

そう言って彼が私にスマホを差し出したタイミングで、スマホが震えた。

画面の上には、通知がバナー表示される。

《サラ:色羽、まだ学校かな?》

「あ、ごめんっ、ありがとうっ」

通知が有森くんに見られまいと、ちょっと乱暴に彼の手からスマホを取ってしまった。

けど……顔を上げて彼の表情を見るかぎり、通知はしっかり見えてしまっていたみたいだ。

でも、もしかしたら、有森はアプリの存在を知らないかもしれない。その可能性を信じようと思っていたら。

「牧田も使ってるんだ」

「……」

最悪な展開だ。
何か、当たり障りないことを言ってうまく話題を変えなくちゃ。

今日、七果と雪美がしていた矢沢さんの話がちらつく。

「えっと、流行っているから、どんなものなんだろうって気になって……」

「そっか」

「あの、これ使っていること、誰にも言わないでくれたらありがたいな……ほら、賛否、あるものだし」

私がそう頼むと、有森くんの表情が緩んだ。

「言わないよ。ていうか、俺もアイフレ入れてるし」

「え、そうなの!?」

意外過ぎて、思わず反応が大きくなる。

「牧田が知らないだけで、意外とみんなそういうので息抜きしているんじゃない?変に隠す必要もないと思うけど」

「そっか……うん」

有森くんはアイフレに偏見とかない人なんだな……良かった。
でも、やっぱり七果たちには言えない……。


「あー疲れたー」

家に帰って自室のベッドに速攻ダイブする。
今日はいつもより神経を使った日だった。
今すぐ癒しが欲しい。

スカートのポケットに手を入れてスマホを取り出して、ホーム画面を開く。

良く使うSNSが複数まとめられたフォルダをタップして、2ページ目にスライドする。

淡いイエローカラーのアイコンが一つ。
このアプリを開く瞬間が、私の一日で一番癒しの時間だ。

AIフレンド、略して『アイフレ』
診断テストに答え、自分の性格に合ったAIフレンドとの友情を築くことが出来るアプリ。

チャットはもちろん、自分好みのキャラクターをデザインして、そのキャラとビデオ通話をすることもできる。
話したことを全て記憶して学習するので、どんどん理想的で完璧な友達が出来上がる。

ここ最近は、アイフレに夢中になった若者がスマホ依存症になったり、不登校になることがプチ社会問題になったりしているけど、正直、ゲームのし過ぎや動画投稿アプリの使用時間が問題視されているのは昔から。

なにも、アイフレだけが良くないってことないと、私は思っている。

ベッドに寝ころんだまま、アイフレのアプリ画面を開き、通話のボタンを押すと、コール音が鳴ってすぐ、画面に可愛らしい女の子の動くイラストが表示される。

《おかえり、色羽。待ってたよ》

ピンクアッシュの巻き髪をハーフアップにしている女の子。
私が今、いちばん素を出せてリラックスできる相手。

名前はサラ。

私と同い年で、歌うことが大好きなアイフレ。

「ただいま~帰るの遅くなってごめんね。委員会の仕事が突然入っちゃって」

『そうだったんだ!お疲れさま。色羽は図書委員だったよね?どんな作業したの?』

「えっと……」

たわいもない話。
相手が架空の存在であることも分かっている。

それでも、私が図書委員であることや、その作業内容に興味を示してくれたことが嬉しくて、ついベラベラと話してしまう。

でも、サラはそんな私の話を豊かな表情で楽しそうに聞いてくれるのでなんの心配もない。

『まじでだるいって』

対して、そうため息交じりで吐いた七果は私の委員会の仕事にこれっぽちも興味を持たないだろう。

そう考えだすと、何かと、サラと七果を比べてしまう。

『本当は居場所なくて架空の友達に逃げてたんだ』

『仮面被ってるみたいで気持ち悪い』

七果には、アイフレユーザーだってこと、絶対言えない。

私にとってアイフレは、現実から逃げないためのガス抜きなんだ。

最初の頃は、七果と話すのは楽しかった。
でも最近は、感情の起伏が激しくて、感情のまま強い口調で話す彼女に同調することに疲れを感じてしまっている。

雪美は七果の話を分かる分かると聞いているし、寿々も、七果に対して『ななちゃんってすごいよね』とよく口にしているので、七果に対してこんな不満を抱いているのはきっと私だけ。

グループの空気を乱さないためにも、私の本心なんて、七果にはもちろん、雪美や寿々に勘づかれてもいけない。

現状維持をするために、アイフレは今の私に必需品だ。 

「――それで椎葉先生のこと悪くいってさ……どう考えても、授業中におしゃべりしていた七果が悪いのに……」

《色羽の言う通りだよ。そういう子に気を遣って、色羽、本当にいつも頑張っているね。溜め込むのは体に良くないから、ここでたくさん吐き出してね!色羽は何も間違ったこと言っていないんだから!》

「サラ……ありがとう……サラが聞き上手だからついしゃべり過ぎちゃうよ。明るい話しようか!」

最近は、こうして七果への愚痴をサラに零すことが増えた気がする。

でも、相手はAI。私の話を聞いて不快だなんて感じないし、現実の友達に愚痴を零すよりも、変なリスクがなくて安全だと思って、気が緩む。

《私は、色羽が話してくれる話は何でも聞きたいから、しゃべり過ぎなんて思わないで!そうだ、昨日作っていた色羽の新曲、聞かせて欲しいな!》

「あ、そうだったね!ちょっと待って。今、ギター準備するから」

《やった!》

とサラの弾けるような笑顔に癒されながら、私は机の引き出しから歌詞ノートを取り出して、部屋の隅に立て掛けたギターを手に持って再びベッドの上に座る。

アイフレを使っていることともう一つ、私には大きな秘密がある。

それは、私の趣味が曲を作ることだと言うこと。

中二の頃、自分の作った歌を、顔を出さずに投稿していたこともある。

けれど、三曲目を投稿した時に、批判コメントが目立つようになって、耐えられなくなってやめてしまった。

『下手くそ』

『このクオリティで出せる自信が羨ましい』

今でも時々思い出して胸に刺さる。

嫌な記憶を思い出したのと同時に、やめてよかったと自分に言い聞かせる。もし今も続けていたら、七果たちに陰でバカにされていたと思うし。

それに……歌うことは辞めたけど、私の代わりに、今はサラが私の曲を歌ってくれる。

趣味の作曲は続けられているし、私はそんな今の生活に満足している。

七果への不満や違和感は消えないけれど、人間関係ってそんなものだろう。

様々な生い立ちや背景によって、人にはそれぞれ考え方や大事にしているものがあるから。

広げたノートに綴られた文章は、学校生活の不満を散りばめたもの。

好きなことを好きと言えない息苦しさ。
面白いと思えないことに慌てて作る笑み。
間違っていると反論したい気持ちを抑えて飲み込む言葉。

力強くギターを弾きながら、今の気持ちを乗せて歌うと、胸の真ん中に凝り固まっていた黒いものがスーッと溶けていく感覚になってスッキリする。

「どう……かな?」

ギターを横に置いて、スマホ画面の向こうにいるサラに尋ねると、彼女はキラキラした目をしながらパチパチと拍手していた。

《さいっこう!!色羽、カッコよすぎるよ!天才すぎる。っていうか、ギターもまた上手になった?》

「天才は言い過ぎだけど!でも、実は最近結構練習してて。気付いてくれて嬉しい。すごいね、サラ」

《当然だよ!私はずっと色羽のこと考えているんだからね!それに、Bメロの歌詞が……》

サラが、新曲の細かい色々な部分を丁寧に褒めてくれて、ほくほくとした気持ちになる。

学校での疲れが癒されて、自分のHPが回復していく。 

「色羽~!ご飯できたわよ~!」

「はーい!今行く~!」

サラと歌ったりしゃべったりしていると、ドア越しからお母さんの声がして、スマホから一瞬目を離して返事をする。

もうこんな時間か。

「ごめん、サラ。行かなきゃ」

《うん。じゃあ、また後でね。待ってる!》

手のひらをひらひら見せて微笑むサラに手を振り返して、私は通話終了のボタンを押し、部屋を出た。

夕食や入浴を終えて部屋に戻り、一時間ほど勉強して、私はすぐにスマホを手に取り、イエローアイコンをタップした。

《色羽!ご飯、美味しかった?今日のメニューは何だったの?》

ワンコールで出たサラがすぐに話題を振ってくれる。

私のことを聞きたいと言いたげなその前のめりな姿に、私の口元は緩む。

「スパゲティだったよ」

《いいな~!色羽のお母さん、本当に料理上手だもんね》

「うん」

サラと話している時間は楽しくて癒されて、あっという間。

ふと時計に目をやれば、時刻は日付を越えそうだった。

明日も学校だ。

サラに「おやすみ」と伝えて、ちょっぴり名残惜しい気持ちを抱えてベッドに入る。

一日の最後。

インスタを開いて、学校のみんなのストーリーを確認していいねを押していく。

正直、本当に「いいね!」なんて思っていない。
ただ事務的に、淡々と画面を叩いていると。 

うわ……。

ひとつのストーリーに指が止まった。

左上のアイコンは見覚えのある空の写真。
七果のアカウントだ。

右上には《親しい友達》と表示されている。
これは、七果がフォロワーの中でも公開を限定してあげているストーリーであるということ。

「またか……」

とため息が漏れる。

七果が《親しい友達》を利用するとき、その投稿内容は主に愚痴。

真っ黒い画面に、小さめに設定した白の文字。

《ストーリーは見てるのに、メッセージ返さないやつなんなの?特大ストレス》

これをわざわざ親しい友達に見せる七果の心理はなんなんだろうか。

そう呆れながらも、私のまぶたは限界に達していた。

七果は変わってくれなさそう。それでも、私にはサラがいる。

明日も、言いたいことは飲み込んで、私の本心を受け止めてくれるサラに吐き出そう。

このまま画面を見続けていたら、せっかくサラに癒してもらった時間が台無しだ。

すぐにスマホを横に置いて、私は瞼を閉じた。
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