リエンヌの場合

neko12

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偽りの愛と真実の愛

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夜空に浮かぶ赤い月は、不吉の兆しだった。

リエンヌは、王宮の書庫で古文書を読んでいた。
王家からの正式な“婚約内定”を受け、王妃教育を始めるよう言い渡されたのだ。

だが心は、晴れなかった。

(……セイラン様の瞳が、あのとき揺れていた)

ほんのわずかに、彼の心が“魅了”の影響を受けたのではないかという疑念が、リエンヌの胸にしこりを残していた。

(もし、ほんとうに彼の心が魔力に影響されたのなら……あの言葉も、愛も、全部――)

「いいえ、信じましょう。あの人は……自分の意思で、わたしを選んでくれた」

そう呟いたとき――
不意に背後から、微かな魔力の波動を感じた。

「誰……?」

振り返っても誰もいない。

だが、それはすでに始まっていた。



■ 禁術・偽りの魅了発動

王宮地下にある忘れられた魔導礼拝堂。
そこにフローラとその姉・ミレイユが立っていた。

「“感情逆転の魅了”。これが完成すれば、第二王子はリエンヌに対し恐怖と嫌悪しか抱かなくなる」

「……ふふ、王子さまの瞳が、わたくししか映さなくなりますのね!」

ミレイユが冷たい声で言う。

「この術は、対象の“記憶と感情”を入れ替える。王子の中で“リエンヌへの愛”を“憎悪”へ、“わたしへの拒絶”を“愛情”へ変えるのよ」

術式が完成し、巨大な魔法陣が淡く赤く輝く。

標的は――セイラン王子。

術が放たれた瞬間、王子の胸に激しい痛みが走る。

「……っ、これは……!」

(リエンヌ……リエンヌは、危険な存在だ……)

違和感が心を満たしていく。
だが――

「……違う」

セイランの魔力が、何かを拒絶するように反発した。

「こんなものに……騙されるか……っ!」

歪みかけた記憶のなかで、リエンヌの涙と笑顔が脳裏に浮かぶ。

それはあまりにも温かく、あまりにも優しかった。

「リエンヌの笑顔を、疑うものか……!」

彼の精神が、禁術の支配をねじ伏せたその瞬間――

王宮が揺れた。



■ 王宮炎上と、囚われの姫

フローラの仕掛けた魔術は暴走し、王宮の東棟に炎を上げた。
混乱の中、リエンヌは“危険因子”として、侍従たちに幽閉されてしまう。

「リエンヌ・アレストール嬢は、王子を惑わす術を放った容疑者である。
一時的に拘束し、記憶操作の有無を調査する」

「違う……わたしじゃ、ない……っ!」

誰も信じてくれなかった。

唯一、セイランを除いては。

「リエンヌ、すぐに行く。絶対に、信じている」

幽閉された部屋の外で、彼の声が聞こえた。



■ 真実の愛の証明

その夜。
セイランは王に直談判した。

「フローラ・セルフィーナと姉ミレイユは、古代魔導の禁術を使用しました。リエンヌは無実です!」

「証拠はあるのか、セイラン」

「……彼女を、俺の手で救えなければ――俺が王位を継ぐ資格などありません」

その言葉は、もはや“王子”ではなかった。

“恋する男の、誓い”だった。

父王はしばし沈黙したのち、言った。

「三日以内に証を掴め。でなければ、リエンヌ嬢は国外追放とする」

セイランは深く頷いた。
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