リエンヌの場合

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第二王子の決断

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リエンヌ・アレストールは、静かに泣いていた。

噂はすでに王宮中を巡っている。

「第二王子が“魔女”に魅了された」
「国家転覆を狙う一族の末裔」
「無意識に人心を操る危険人物」

彼女の“魅了”は、今や人々の心を惑わす魔法ではなく――国を揺るがす厄災とまで囁かれていた。

だがリエンヌは何一つ、意図的にしたことなどなかった。

「……どうして、わたしが……」

その声を、王城の廊下で聞いたのは、セイラン・アルヴィス・ルヴァート第二王子だった。

彼女が泣くたび、彼の中の“王族としての感情”が何かを壊していった。

それは「正しさ」ではない。
「愛したい」という衝動だった。



■ 王家会議──「あの娘を国外追放せよ」

王城内、非公式の緊急会議が開かれた。

王、第一王子、宰相、大公たち、そしてセイランもまた、その場に呼ばれていた。

「アレストール令嬢は、魔力によって国家の人心を混乱させています。第二王子までもが“魅了”されている可能性を排除できません」

「ゆえに我らは提案する──リエンヌ・アレストールを国外追放に処す」

会場の空気が凍る。
セイランは静かに立ち上がった。

「……その決議には、賛同できません」

「セイラン殿下。王族としての理性を持っておられないのか?」

「逆です。王族としてではなく、“一人の人間”として彼女を見ているのです」

宰相が目を細めた。

「ならば殿下。アレストール嬢の“魅了”の魔力が、将来的に敵国の手に渡ったとしたら……?
王家に入り込んだ彼女を、敵が操ったら……?」

「それでも、彼女を信じる」

静かに言い切ったその声は、冷たい会議室の空気を切り裂いた。

「私は、リエンヌ嬢と婚約を希望します。彼女を、王族の婚約者として正式に迎えます」

「な──っ!」

その場が揺れた。



■ 陰謀の影──フローラ姉妹の動き

同じ頃。
フローラと、その姉ミレイユ(魔導学院主席)は、王宮地下の古文書を解析していた。

「……やはり、“魅了”は古代魔導術の血の記憶。リエンヌの血筋は“封印されし帝国術者”の末裔よ」

「それって、どういうことですの?」

「つまり、王家さえも支配できる可能性を持つ魔力の種が彼女の中にある。利用すれば、私たちが“王家”になれる」

「うふふ……フローラ王妃って、響きが素敵ですわぁ」

「ただし、王子の愛を断ち切れない限り、彼女を完全には潰せない。だから……」

姉は、禁術の魔導陣を描き始めた。

「“偽りの魅了”で、王子の心を壊す」



■ 夜の庭園にて──プロポーズ

一方その頃、王宮の夜の庭園で。

リエンヌは、セイランに呼び出されていた。

「……リエンヌ。君に一つだけ、お願いがある」

「……はい……?」

「俺と、婚約してほしい」

「……え……?」

「これは、政治のためではない。
君の涙を、もう二度と見たくない。それだけが理由だ」

リエンヌの胸が、温かく、そして切なさで満たされた。

「でも……わたしなんかが、王子と……」

「“なんか”ではない。君がいいんだ。
君が、自分を呪いながらも、誰よりも優しい君だから、俺は――恋をした」

その瞬間、彼女の中の“魅了”が震えた。

(……効かないはずのセイラン様に……)

ほんのわずかに、セイランの瞳が揺れた。

――まさか。

(この人……わたしの魅了が、ほんの少しだけ、効いている……?)

それでも彼は言った。

「この心は俺のものだ。君の魔力のせいじゃない。俺が“自分で”君に恋をした」

夜空に咲いた月明かりの下で、リエンヌは涙をこぼし、微笑んだ。

「……はい」
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