ever green

neko12

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石造りの修道院は、国境線の上にあった。
どちらの国にも属さず、
どちらの過去も抱え込んだ場所だった。

鐘楼の影で、青年は馬の手綱を引いていた。
黒髪に、どこか異国の輪郭を残す顔立ち。
その瞳は母譲りのグリーンで、
けれど笑うことを知らない静けさを宿している。

――カテリーナの息子。

彼は母の名を、ほとんど口にしない。
語れば壊れてしまうもののように。

その時、背後で足音がした。

振り向くと、
淡い色の外套をまとった少女が立っていた。

金髪が光を含み、
碧に近い灰色の瞳が、彼をまっすぐに見る。

「……道を、教えていただけますか」

声は澄んでいた。
不思議なほど、戦場の匂いがしない。

青年は一瞬、言葉を失う。
理由はわからない。
ただ、胸の奥がわずかに痛んだ。

「どこへ?」

「祈りに来ました。
 ここは、誰のための修道院でもないと聞いて」

彼は頷いた。

「その通りだ。
 だから、誰でも受け入れる」

言いながら、自分が同じ言葉を
ずっと欲していたことに気づく。

少女は微笑もうとして、やめた。
その仕草が、なぜか彼の目に焼きついた。

「あなたは……ここに?」

「通りすがりだ。
 帰る場所はあるが、急ぐ理由がない」

少女は少しだけ、目を伏せる。

「……それは、羨ましいです」

青年は思う。
この少女もまた、
自分と同じ「血の影」を背負っているのだと。

「名前を、聞いても?」

彼女は一瞬ためらい、答える。

「名乗るほどの者ではありません」

彼も同じだった。

「なら、今日は名のない二人だ」

少女は小さく息を呑み、
ほんの一瞬だけ、唇が緩んだ。

――それは、
彼が生涯で見ることになる、
最初で最後に近い“救いの表情”だった。

鐘が鳴る。

過去を弔うように。
そして、まだ知らぬ未来を呼ぶように。

二人は並んで、修道院の扉をくぐった。

互いが、
決して結ばれるはずのなかった血だと知らぬまま。
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