ever green

neko12

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修道院での出会いから、
二人は何度か、同じ時刻にそこを訪れるようになった。

約束はしない。
それでも、どちらかが来れば、
もう一人も必ずそこにいる。

それが、いつしか当然になった。



市の午後

ある日、青年は言った。

「市が立つ。
 ここから少し行けば、国境の検問もない」

少女は一瞬だけ迷い、頷いた。

市は賑やかだった。
布、香辛料、果実。
平和な色と匂いが溢れている。

少女は干し葡萄を手に取り、
少し驚いたように目を見開いた。

「甘い……」

その声に、青年は思わず笑いそうになる。
だが、声には出さない。

彼は金貨を差し出した。

「これも」

「いいえ」

少女は首を振る。

「自分の分は、自分で払います」

その言い方が、
どこか誇らしげで、哀しかった。



川辺の休息

市を抜け、川のほとりに腰を下ろす。

水は澄み、
空は高かった。

少女は靴を脱ぎ、
そっと水に足を入れる。

「冷たいですね」

「夏でも、ここは冷える」

青年は外套を外し、
彼女の肩にかけた。

「……ありがとう」

その言葉は小さかったが、
胸に残った。

風が吹く。
金髪が揺れ、
陽を含んで輝く。

青年は思う。
この光景を、
一生、忘れられないと。



ささやかな贈り物

市で買った小さな銀の鈴。
青年は無言で差し出す。

「これは?」

「修道院の鐘に似ていると思った」

少女は指先で鈴を鳴らす。
かすかな音。

「……きれい」

そう言って、
彼女は初めて、はっきりと笑った。

胸が締めつけられるほどの笑顔だった。

それが、
失われたものをすべて取り戻すかのように。



恋が、名を持つ前に

帰り道、
二人は並んで歩く。

触れそうで、触れない距離。

少女が言う。

「私……
 ここに来ると、息ができます」

青年は立ち止まる。

「なら、ここにいればいい」

少女は首を振る。

「ずっとは、いられません」

理由は聞かなかった。
聞けば、この時間が壊れる気がしたから。

夕暮れ。
修道院の鐘が鳴る。

青年は思う。

――この人を失うなら、
世界は、また戦場になる。

彼女も同じことを思っていた。

だが、その想いに
名前をつける勇気は、
まだ二人にはなかった。
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