マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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8、返事はイエス……デスヨ。

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「1年前……デスカ?」

 首を傾げて訝しがるヨーコに、透は観念したというように椅子に座り直し、ゆっくり深呼吸する。

「一目惚れだったんだ……」
「えっ?」

「1年前、あなたは朝哉のお供で白石工業に来ていた」
「ああ……あの時…」

 それならよく覚えている。
 雛子が会長秘書になって本社からいなくなって、しばらく経った頃だ。

 新しいコンピューター購入の件で白石工業に行くという朝哉に付き添って、一緒に埼玉県の工場までお供した。
 透とはその時が初対面で、軽く挨拶を交わした程度だったはずだ。


「俺はあの時にほんのちょっと会っただけのあなたに恋をした。だけどその時は淡い憧れのようなものだと思っていたし、徐々にこの気持ちも薄れていくんだろうと思っていた」

 なのに、時間が経つたび、月日が経つたびに、あの時の凛とした立ち姿が蘇って……。
 思い出すたびにより鮮明になっていく記憶の中のヨーコに、透はずっと恋焦がれていたのだ。

「ニューヨークに行けば数年は会えなくなる。今度帰った時にはもう彼女は俺なんか忘れているかも知れない。いや、結婚しているかも知れない。夢を見たと思って諦めるしかない……そう思っていたのに……」

 そのニューヨークで再会した。

「天の配剤だと思った。このチャンスを逃してたまるかと思った。日本では出せなかった勇気を、このニューヨークでありったけ搾り出して、全力でぶつかろうって決めた」


 耳まで真っ赤に染めながらも必死で語るその姿に、ヨーコは心臓をドキドキさせていた。

ーー嘘……そんな漫画みたいな展開が自分に起こるなんて……。

 漫画が、BLが、ドラマチックな展開が大好きだ。
 だけどいくら心躍らせたって、物語はお話の中のヒーロー、ヒロインのもので、自分のものになりはしない。

 そして現実世界のヒロインも、健気で可愛らしくて皆から愛されるキャラクターだと決まっているのだ。
 そう、例えば雛子のような……。

 決してカタコトの変な日本語を喋るアラサーのハーフなどではないのだ。

ーーそう思っていたのに……。


 気付けば透に両手を握られ、真っ直ぐな瞳で射抜かれていた。

「ヨーコさん、俺の一年越しの想いを、どうか受け入れてくれないか? セフレだなんて言わないでよ。俺は君と、そんな寂しい関係で繋がりたいわけじゃ無いんだ。俺はヨーコさんと、明日を、来年を、十年後の2人の未来を語り合える……そんな関係になりたいと思ってるんだから」

 クインパスも役職も家のことも抜きで、黒瀬透個人としてアリかナシか、ちゃんと考えてみてくれないか?
 ……そう言われて、目の前の男性を改めて見つめてみる。

 クセの無いサラリとした黒髪と、女性みたいにキメの細かい白い肌。
 年齢よりも幼く見える柔和な顔に、シルバーフレームのメガネがとても似合っている。
 笑って目尻にシワが寄ると、更に優しい表情かおになって、釣られてこちらまで微笑んでしまうのだ。


「………好き」

 思わず言葉がこぼれ落ちた。

「あなたの優しい顔立ちも、眼鏡男子も大好きなのデス。BLの話をしても嫌がらずに聞いてくれて、一緒に語り明かしてくれる人なんて他にいない……」

 一緒に夜を過ごしたのも、突然のプロポーズも薔薇の花束も、壁ドンも顎クイも……全部、ぜんぶ嬉しくてドキドキして……。

「トオルさん、どうしまショウ。胸がキュンキュンして苦しくて、まるで漫画のヒロインになったみたいなのデス……これじゃ夢見る乙女みたいデス……」

 息も絶えだえに言葉を振り絞ったら、ゆっくり抱き寄せられて、「大丈夫」と優しい声音で囁かれた。

「ヨーコさん、大丈夫だから……俺も今、まるで物語のヒーローみたいにドキドキして、胸が痛くて仕方ない」

 2人で黙りこめば、もうどちらのものかも分からない心臓の音が、ドクンドクンと鳴り響いている。

「俺は跡継ぎの重圧や親の期待を全部朝哉に丸投げして逃げた男だけど……ヨーコさんの事からは逃げないよ。絶対に親に認めさせてみせるし、文句は言わせない」

 だから……。

「抱いてもいいだろうか」

 背中に回された腕に、ギュッと力が加わった。

ーーそんなの、もう……。

「イエス……デスヨ」

 それ以外の言葉は必要ない。
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