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19、恋する乙女は弱気なのデス
しおりを挟むクインパスニューヨーク支社の秘書課は、ヨーコを入れて総勢4名の精鋭部隊だ。
日本の本社では重役それぞれに個人秘書がついていたけれど、こちらで個人秘書を持っているのは支社長である朝哉だけである。
クインパスニューヨーク支社を立ち上げるにあたりM&Aで吸収合併した医療機器メーカー『カーディアック・ヘルス』がそのような形を取っていたということで、合併後もそれに倣うことにしたのだ。
両者がまだお互い手探り状態。下手に何もかもいじって反発を招くよりも、仕事を始めて様子を見ながら改善すべき点を徐々に変えていけばいい……という朝哉の判断だった。
そういう訳で、ヨーコはじめ秘書課のメンバーはグループセクレタリーとして経営幹部のスケジュール管理や事務処理を行い、必要であれば個人秘書のように出張や会食への同伴など、臨機応変に様々なサポートを行なう事になっている。
その采配をするのが秘書課長であるヨーコの役目だ。
因みに社長付き秘書の雛子は、一応秘書課に籍はおいているものの、この部屋に顔を見せるのは朝の打ち合わせの時だけである。
クインパスに雇われていても、あくまで社長の個人秘書。彼女がお世話するのは朝哉のみで、机も社長室の一画に置かれている。
独占欲の塊の朝哉が、仕事とはいえ雛子に他の男のお世話をさせたり一緒に出張に行かせるなんて絶対にあり得ないのだ。
「ヨーコさん、Mr.クラークと社長のランチミーティングは午後12時半で変更ありませんか?」
「ハイ、Mr.クラークはお昼まで取引先の病院に行かれるので、昼に一旦社に戻ってからレストランに向かいマス」
ヨーコは今、その雛子と秘書課でパソコンを見ながら今日のスケジュールの確認中だ。
ジェームズ・クラークは『カーディアック・ヘルス』で常務だった人物で、合併してクインパスになってからは朝哉の任命で副社長を務めている。
竹千代の調査によるとなかなかの切れ者で仕事が出来る人物らしいので、朝哉としては将来このニューヨーク支社を任せるつもりではないだろうか……と竹千代が言っていた。
ーーううっ、ヒナコ、ゴメンナサイ~!
親友の雛子に隠し事をしている。
透と付き合い始めた事、そして既にプロポーズまでされてしまった事……。
『俺たちのことを両親に報告して結婚の許可を貰おうと思うんだ。それで、その前に朝哉に話してもいい?』
今朝、透の口から飛び出した発言は、甘々の空気を吹き飛ばすのに十分の衝撃だった。
ーーええっ!
朝哉の件は、そのうちに聞かれるだろうな……とは思っていた。
透と朝哉は兄弟だし、ヨーコは朝哉夫妻と親友だ。
自分たちが付き合うきっかけを作ってくれた恩人でもあるのだから、真っ先に報告すべきなのは分かっている。
だけど……。
「ヒナコにふしだらな女だと思われたくないのデス~」
悲壮な顔で訴えると、お茶を飲もうとマグカップに口をつけていた透が「ブフッ」と吹き出した。
「ハハッ、ふしだらって……」
「だって、ふしだらではナイデスカ~!」
ついこの前まで2人きりで話した事も無かったのに、酔った弾みであっという間に身体の関係になってしまったのだ。
すぐに人を信じて騙されてしまう雛子を『チョロイン』だと揶揄っていたけれど、ヨーコはすぐに身体を許してしまった正真正銘のチョロインではないか。
「俺がずっとヨーコを好きで土下座して頼み込んで来たって言えばいいよ。それじゃ駄目?」
「恥ずかしいデス~」
BL漫画を読んで他人事で盛り上がるのと、自分が当事者になるのでは全く違う。
天使の雛子に軽蔑されたくないと「ヨヨヨ……」と泣き真似してみれば、狼狽た透が向かい側から隣の席に移動して来て心配そうに顔を覗き込んで来た。
「ごめん。俺が急ぎすぎたよな。両想いになれたのが嬉しくて、調子に乗った。ヨーコが嫌なら待つから、泣かないで」
真剣に心配していた姿を思い出して胸が痛む。
ーーまた泣き真似をしてしまった……。
透には本当の自分を見せられるはずだったのに。嘘はつかないはずだったのに。
どうにかして怖い現実から逃れたくて、悲しい結果を引き伸ばしたくて……咄嗟に顔に手を当てて泣くフリをしてしまった。
透は今まで出会って来た男性の中で一番のピュアボーイだ。
泣き真似や嘘でコントロールしていいような人間では無いのだ。
ーートオルの相手が私で本当に良いのでしょうか……。
自分はこんな嘘つきな人間なのに。
御曹司と釣り合うような人間じゃないのに。
自分はハッキリした性格だと思っていたけれど、案外ウジウジしていたのだと愕然とする。
コレが恋する乙女というものなのだろうか。
28歳にしていきなり本気の恋が訪れたものだから、失う事が怖くて仕方がないのだ。
ーー要は、トオルのご両親にバレて反対されるのを引き延ばしたいだけなのデスヨネ……。
「それでは私は社長室に戻りますね」
雛子の声で現実に引き戻された。
「あっ、ハイ。ではまた……」
2人で立ち上がり、ドアの前まで向かう。
「ヨーコさん、この前は楽しかったわ。また近いうちに遊びに来てね」
立ち去る前に耳元でコソリと囁かれて、ハッとした。
そうだ、雛子は友達じゃないか。
ヨーコのBL好きを聞いても軽蔑せず、それどころか受け入れて一緒に楽しんでくれて……。
その彼女に話すのを怖がるなんて、親友失格だ。
咄嗟に廊下に出て、雛子を追いかける。
「ヒナコ!」
立ち止まって振り向いた黒い瞳を真っ直ぐ見つめて、大きく息を吸って……。
「ヒナコ、私、トオルを好きになりまシタ。付き合ってマス」
雛子の瞳が大きく見開かれ、唇がゆっくりと弧を描く。
「……それは素敵だわ、おめでとう!」
大好きで大切な親友が、天使のような笑顔で微笑むと、踵を返して抱きついてきた。
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