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38、面倒ごとの塊と、向き合う覚悟 side透
しおりを挟む単身赴任先の異国で好意を持ち、付き合いだすのは珍しい事では無い。
そしてそれが一過性のもので、一瞬で盛り上がったものが、帰国と共に終了というのもまた、良くあることである。
「クインパス社員でもそういう事例がいくつかあってな」
定治が、社内コンプライアンスに抵触した様々な事例を挙げてみせる。
社内に恋人がいながら出張先で他の同僚と浮気してバレて仕事中に大喧嘩。
既婚者が不倫をして離婚騒ぎになった挙げ句、不倫相手との別れ話で揉めて裁判沙汰。
それどころか、開発途上国のメイド相手に妊娠出産させて隠し子を作っていたものまでいると言う。
海外で人恋しくなったり開放的になったりで、一時的な疑似恋愛に陥る気持ちは分かる。
だが、寂しいからと言って、それが許されるものではない。
「クインパスCEOの長男であり、ニューヨーク支社の開発部部長がそれを行なったとなれば、許しがたい事だ」
透が初めての恋愛に舞い上がっているのではないか、暴走してはいないか。
その気持ちは一過性のもので、駐在期間が終わって日本に帰国したら醒めてしまうのではないか。その時、相手に子供が出来ていたらどうするのだ。
「クインパストップとして、黒瀬家のものとして、時宗がそれを危惧するのは当然のことだ。もちろん私もな」
そして、ヨーコがいくら優秀な社員だからと言って、恋愛へのスタンスも真面目だとは限らない。
彼女が黒瀬家の財産目当てで透を籠絡したとすれば、それは断固として阻止せねばならない……と続けた。
「祖父さん! ヨーコはそんな女性じゃない!」
「ニューヨークに行ってからの、ほんの短い付き合いで、どうしてそう言い切れる?」
「そんなの……一緒にいれば分かるよ。 ヨーコは誠実で純粋だ」
「それを『お前の感覚』ではなく、今すぐここで、私たちの目に見える形で実証して見せろ。出来るか?」
「それは……」
グッと言葉を詰まらせると、定治が『そうだろう』というように厳しい目を向ける。
「だからこちらで2人の気持ちを確かめさせてもらった」
「それじゃあ、今回の俺の帰国は……」
定治が「そうだ」と頷いて、
「透から直接話を聞きたいというのもあったが、ガツンと大きな障害を与えて、お前さんたちの覚悟のほどを測らせて貰ったんだ」
こちらの動きにヨーコがどんな反応を見せるか、そして何処まで食らいついて来れるかも見たかった……と言った。
仕方がないと泣き寝入りするか、面倒になって放り出すか……
しかし結果はこうなった。
「ヨーコさん」
「……ハイ」
「泣いて諦めるかと思ったが……単身追いかけて来た行動力と心意気、そして私を相手に一歩も引かないその度胸と頭の回転の速さ、立派なもんだ」
「だろっ? ヨーコは凄いんだよ」
「そのようだな。……透、そしてヨーコさん」
定治は2人の顔を交互に見ながら語る。
人生は面倒な事の繰り返しだ。
結婚なんていうのはその最たるもので、たった2~3時間のイベントのためにあちこちに頭を下げ、企画から実行まで何ヶ月もかけて準備をしなければならない、まさしく『面倒ごとの塊』だ。
普通に結婚するだけでもそうなのに、黒瀬家の長男ともなれば、そんなものの比ではない。
意見の衝突もあるだろう。急な計画変更を余儀なくされる場合もあるだろう。
その時に2人で乗り越えるだけの絆が、それだけの覚悟がちゃんとあるかを見たかったのだ。
「ヨーコさん、遠路はるばるここまで来るのは大変だっただろう。面倒では無かったかな?」
「トオルを奪い返す事に必死で、面倒なんて考える余裕も無かったデス。無我夢中デシタ。ヒナコとトモヤ、そしてタケが、背中を押してくれたのデス」
「そうか、彼らが協力してくれたんだね」
「ハイ。そしてちゃんとトオルに会えたノデ、疲れも不安もブッ飛びました」
「ふむ、それだけ言い切れれば立派なものだ」
そして今度は目を細め、柔らかい表情を透に向けた。
「透、これで分かっただろう。お前がちょっと動くだけで、これだけの人間が必死になり、お前のために動くのだということを。ヨーコさん達だけじゃないぞ、私や赤城もだ」
「はい」
「透、それを『人徳』と言う」
「人徳……俺に?」
「そうだ。 お前はどうも、自分を過小評価し過ぎて内向きになるきらいがある。お前は無力でも非力でも無い。自分に価値がないとか劣っているなどと考えるな。自信を持て」
お前の評価はお前が決めるものでは無い。周りがお前の言動を見て判断するものだ……と、言葉を続けた。
「ヨーコさん……あなたは透をどう思うかね?」
「穏やかデスが行動力があり、優しいデスがちゃんと叱ってくれます。賢く優秀な技術者であり、尊敬できる、私の恋人デス」
「ふむ。……透、お前は自分が惚れたヨーコさんの言葉を信用出来ないかな?」
「信用……出来ます」
「つまりそういう事だ。透、自分を誇れ」
「お祖父さん……」
ーー自分を、誇る……。
決して自分を卑下ばかりして生きてきたわけではない。
だけど心の何処かには、劣等感や孤独を抱えて生きてきたように思う。
自分はこういう人間なんだ。
一生誰も愛せず1人で生きていくのだろう……。
だけどそんな考えが、ヨーコのお陰で変わった。
そして今……自分は沢山の人に愛されて来たのだと改めて感じることが出来た。
ーーそして、黒瀬家の長男として、クインパスグループトップとなる朝哉を支えるものとして……その覚悟と責任も。
「お祖父さん……いや、会長」
透は座椅子から降りてその横に直に正座すると、畳に手をついてゆっくりと頭を下げた。
「ちゃんとしたご挨拶が遅れ、申し訳ありませんでした。 彼女が俺の選んだ相手、ヨーコ・ホワイトさんです。 一生彼女だけを愛し抜き、守っていく所存です。どうか俺たちの交際を正式に認めていただけないでしょうか?」
その様子を見て、ヨーコも慌てて立ち上がり、透の隣で畳に手をつく。
「私も彼だけを愛し、一緒にクインパスを支えていく所存でありマス! よろしくお願い致しマス!」
しばしの沈黙。
そして……
「うむ、よくぞ言い切った。 その言葉、裏切るなよ」
「はい!」
「ハイ!」
2人が頭を上げると、定治は「よしよし」と相好を崩し、部屋に備え付けられている電話の受話器を上げた。
「ああ、私だ。話は済んだ。そちらはどうだ?……そうか、今日これからとな……よし、分かった。私も同行しよう」
電話を切って腕を組み、少し硬い表情で2人を見る。
「透、今から本城家に詫びを入れに行く。 お前も一緒に行くんだ。日本に呼んだのはそのためもあるからな……いや、むしろこれがメインだ」
そして再び受話器を手に取り赤城を呼び出す。
「赤城、透に身支度を整えさせる。予約を入れてくれ。その後で本城家に向かう。手土産の用意を」
ーー本城家……。
「詫びという事は、お見合いの件を無かった事にするんですね」
「そうだ。なんだ、もう一度見合いをしたかったのか?」
「滅相も無い! お祖父さん、俺、全力で謝罪するから……」
「当然だ。下手をすると今後の本城グループ全病院との契約が一気に吹き飛ぶんだからな……行くぞ。ヨーコさんはここに残るがいい」
そう言って立ち上がった定治は、クインパスグループを背負う会長の顔に戻って歩き出した。
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