マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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39、遭遇してしまったのデス!

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 目黒区の旧山手通りの斜面に広がる高級住宅街、青葉台。
 豪邸が立ち並ぶゆるやかな坂の途中にある、コンクリート造りのモダンな建物が、本城家の邸宅である。

 その堅牢な門の前でウロウロしながら中を覗き込んでいる怪しい人物が、後ろから声を掛けられてビクッと飛び上がった。

「うちに何か御用かしら?」
「ヒッ!」

 怪しい人物がバッと振り返ると、そこにはスレンダーな体型にセミロングの黒髪、切れ長の目をした女性が立っていた。
 その美しさと鋭い視線に、思わず一歩、後ずさる。


「あ……怪しいモノでは無いデスヨ」
「……何処からどう見ても怪しいんだけど。どなたかに用かしら?」

「わっ、私は、通りすがりの……」
「警察を呼ぶわよ」

 チャッとスマホをかざされて、思わず「私は、中にいる……!」と漏らすと、スレンダー美人が微かに眉尻を上げて、口を開いた。

「あなた、まさか……」

 透さんに会いに?……と聞かれて、ヨーコはゴクリと唾を飲み込んだ。

ーーどうしまショウ!




 透が定治や両親を伴って本城家に赴く事となり、ヨーコは彼らが帰宅するまで黒瀬家で待つように言われていた。

「ヨーコさん、悪いようにはせんから、まあ、ゆるりと寛いで待っていておくれ」
「ヨーコ、ちゃんとけじめをつけて帰って来る。俺を信じて待ってて」

「……ハイ。ご武運をお祈りしておりマス」

 そう言って定治と透を見送ったものの、離れにポツリと1人取り残されては落ち着かない。
 それに、自分のせいで本城グループとの取り引きが破綻の危機を迎えていると聞けば、とてもじゃないが、ゆるりと寛ぐなんて出来そうにない。

 それでも暫くは大人しく座って待機して、新しいお茶を運んできてくれたサキに探りを入れてみる。

「本城家との繋がりが出来れば、クインパスにとっては大きな利益なんでしょうネ」

「さあ、私は経営に関しては疎いもので……」

 そう言いつつも、「そんな私でも本城総合病院の名前は存じ上げておりますので……」とポツリと言った。
 語尾を濁してはいるものの、それだけ有名だということだ。


 本城グループは、関東地方を中心にいくつもの総合病院や老人用介護施設を経営している医療法人である。

 その理事長であり、グループの柱である『本城総合病院』の院長でもある本城龍一郎りゅういちろうの長女、茜が透の見合い相手。

 渡米前に見合いをした時に透から断りを入れたはずが、どういう訳か保留になって今に至っていると言う。

ーーその辺りをカイチョーに聞くのを忘れていたけれど……。

 お見合い相手など引く手数多であろうお嬢様がわざわざ待つと言っているのだ。
 それだけ先方が透を気に入っているという事なのだろう。

 会長はああ言ってくれたけれど、CEOであり透の父親である時宗はどう思っているのだろう。
 クインパスの未来を考えて、本城家との話を無理に推し進めたりしないだろうか。

 そうしなくても、透が初志貫徹で見合い話を無かった事にしたら、本城家と揉めて経営に支障を及ぼしてしまうのでは?

 悶々と考えていたら悪い方へ悪い方へと想像が転がって行く。

ーーもう、こんな所でジッとしていられませんヨ!

「サキさん、本城家はドコにあるのでしょう?」
「青葉台だと伺っておりますが、詳しくは……」

 サキが言い終わる前に、ヨーコはもう立ち上がっていた。

「ヨーコ様?!」
「……行って参ります」
「駄目です! ここでお待ちいただくようにと仰せつかっておりますから!」

「サキさんは何も知らなかったコトにしておいて下さい。ちょっと席を外した隙に私が勝手にいなくなった。 全て私の責任デス」

 それでも止めようとするサキを振り切って家を出て、タクシーを拾う。

「目黒区の青葉台……本城家まで」
「ああ、本城さんですね。分かりました」

 流石は本城グループ。タクシーチケットを良く使うのだろう。
 これなら迷うことなく着けそうだ。

 行ってどうするのか、自分に何が出来るのかも分からない。 全くのノープランだ。

ーーだけど、私はもう部外者でもお客様でも無いのデス! おいえの一大事、知らんぷりしてただ待っているなんて出来マセン!



 そしてノープランがために、中に入る事も、このまま帰ることも出来ずに門から覗き込んでいたところで、この家の住人らしい女性に見咎められてしまったのだった。


うち・・に何か御用かしら?
透さん・・・に会いに?』

 たぶん間違いない。

 目の前で腕組みをして、ヨーコを訝しげに見ているのは……本城家の長女、そして透の見合い相手である……

ーーこの方が本城あかねサンなのですネ。

 まだ23歳だったか……年齢の割にはしっかりした物言いで、立ち姿に気品がある。
 パーティーかコンサートからの帰りなのか、膝丈の黒いチュールドレスに7センチヒール。
 
 ヨーコは咄嗟にお辞儀をして、秘書の顔を装った。

「初めまして……ワタクシ、クインパスニューヨーク支社秘書課の、ヨーコ・ホワイトと申しマス」

 反応が無いのでゆっくりと頭を上げる。
 ジッとこちらを見ている視線とぶつかった。

「……成る程ね……ヨーコさん、ニューヨークから彼について来たの?」
「いえ、私は後から……」
「追い掛けてきたの?」
「グッ……それは……」

 何故かこちらの動きを読まれているような気がする。

 このまま知らぬ存ぜぬですっとぼけるか、正直に打ち明けるか……。
 何故だか嘘をついてはいけないような気がした。

「ハイ、彼を追いかけて来ました」
「アメリカから? わざわざ?」
「ハイ……」

「そうなの……それじゃ透さんの想いは成就しちゃったっていう訳ね」

ーーえっ?

 フッと息を漏らして、肩を少し落として。
 茜はヨーコに向かって苦笑して見せた。

「今日は知人のチェロコンサートがあったの。透さんがアメリカからいらしてるって聞いて、その後の食事会をお断りして帰って来たのだけど……そう……そういう事なのね」

「そういう事……トハ?」

ーードウイウコト?!

「透さんはまだ到着していないわよ。あと30分はあるわ。きっと美容院で髪をサッパリさせて、お詫びの品を持って来るんでしょうね」

ーーこの人は千里眼の持ち主デスかっ!

 唖然としているヨーコにニコッと微笑みかけると、茜は「こっちに来て」と手招きして、門の中に入っていった。
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