マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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40、茜の想い

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「アカネさん、一体ドコヘ……」
「シッ! 声を抑えて」

 振り向いて、口元で人差し指を1本立てる茜に、ヨーコは黙ってついて行く。
 どうやら屋敷の裏側に向かっているようだ。

 居間に面したパティオを横目に見ながら、その奥の植え込みの陰にしゃがみ込む。
 なんだか隠密か泥棒にでもなった気分。

「暫くここで待って、私が中からレースのカーテンを閉めたら、すぐそこの壁際に移動して。耳を澄ませば中の話し声が聞こえるはずだから」

「どうしてこんなコトを?」

「だって、あなたと透さんは両思いになったんでしょう? だったら私の出る幕は無いじゃない」

 茜は声のトーンを落として、これまでの経緯を語り始めた。



 茜と透の出会いは半年近く前。
 本城グループの創立記念パーティーでの事だった。

 このパーティーは、大学を卒業したばかりの茜の見合い相手を選ぶ会でもあったので、茜はいつも以上に飾り立てられ、父親に伴われて企業の重鎮や大学病院の教授、そしてその息子たちに挨拶をして回っていた。

ーーつまらないわ。そして疲れた!

 ずっと作り笑いをしていたら顔の筋肉が固まってしまった。
 父親が系列病院の院長と話している間にそっと離れてロビーに出たら、後からどこかの息子が追い掛けて来た。

「茜さん、どちらへ?」
「ちょっとこちらで気分転換をと……」
「それでは2人でゆっくり座って話でもしませんか?」

ーーええっ、気分転換にならないじゃない!

 今の時代に親の決めた相手とお見合いだなんて、時代錯誤だと思う。
 そう考える若者が多いから、親たちはこういうパーティーの場で子供たちを引き合わせ、『偶然の出会いによる恋愛』をセッティングするのだ。

 こんなの茶番だ。所詮、親たちが『厳選した』男女による集団見合いじゃないか。
 狭い籠に押し込められて、『この中からツガイを選べ』と言われているのだ。気持ち悪い。


「暫く1人で休みたいので……」
「それではあちらのソファーに移動しましょう」

 1人で・・・と言った部分はスルーなのか。
 相手の話を聞かないうえに空気を読めない時点でアウトだ。

 どうしようかとソファーを見ると、そこには先客がいた。

ーー彼は確か……。

 名前は忘れたけれど、クインパスの長男だ。
 次男が有名人過ぎてこっちは目立たないけれど、前にも企業のパーティーで見掛けた事がある。
 いつも壁の花よろしく、女子と会話をするでもなく退屈そうに立っている。
 そのガッつかなさが、逆に印象に残っていた。

 
 目が合った。
『この男がしつこいんです! 助けて!』
 顔をしかめ、目配せして必死にアイコンタクトを試みる。

 フイッと目を逸らされて、愕然とした。

ーーはぁ?

「あのっ、私、お話があって……」

 そう言いながらクインパス長男の横に立つと、「あっ、ここを使われますか? 今、席を空けますので……」と腰を浮かせようとした。

ーーえっ、この男も空気が読めないの?!

「私、あなたにお話があるんですけど!」

 クインパス長男の腕を取って立たせると、しつこい男の方は放置して、さっき出たばかりのパーティー会場に戻った。


「あの、話って何ですか?」

 戸惑っているクインパス長男を壁際の椅子に座らせ、自分もその隣に座る。

「……さっき、私があの男に言い寄られて困っていたのに、どうして知らん顔したんですか?」

「えっ、困ってたんですか? 俺はてっきり2人で抜けて来たんだと思って、邪魔してはいけないと……」

 なんたる事だ。あのやり取りを見ても、SOSサインに全く気付いていなかったのだ。

「……必死に助けを求めてたのに……酷いです」
「すいません、どうも俺は女心とかそういうのに疎くて……」

「えっ、女性が苦手なんですか? 恐怖症ですか?」
「ハハッ、女性は人並みに好きだと思いますよ。何ですか、恐怖症って」

ーーあっ……。

 笑うと目尻にシワが寄って、フワッと柔らかい表情になる。

 凄く優しそうだわ……うん、なんか良いかも……。

「あの、私は本城茜と申します。失礼ですが、お名前は……」
「えっ、今から自己紹介ですか? 私は黒瀬透と言います。あなたは本城グループのお嬢さんですね」

「恋人はいるんですか?」
「残念ながら……いませんよ」

「好きなタイプは?」
「えっ、言うんですか?」
「言って下さい。参考までに」

 そして彼は、視線を上方に向けながら、何かを思い出すように、何かを確認するように……一つ一つ言葉を区切りながら、理想の女性像を語っていった。

 艶やかな亜麻色の髪と、少し釣り上がった薄茶色の瞳。
 モデルのように背が高くて、背筋がピンと伸びていて。
 大和撫子の凛とした雰囲気と、西洋の大胆さと華やかさを併せ持っていて。
 長い髪をすっきり纏めていてスーツの似合う、キリッとした大人の女性。

ーーやけに具体的。

「……それって、実在する人物ですか?」
「………。」

「片想い……とか?」
「……彼女には好きな男性がいるので」
「……そうなんですか」
「はい」

「変な事を聞いて、ごめんなさい」
「いえ……ハハッ、どうして俺たちはこんな会話をしてるんでしょうね。あっ、俺は知り合いに挨拶に行くんで、これで」

 笑って誤魔化された。そして、そそくさと逃げられた。
 だけどその後も、何故か視界に彼が入って来た。 違うか、こちらが彼を目で追ってるんだ。


 帰りの車内で父親から、誰か気に入った男性がいたかと聞かれた。
 すぐにさっきの彼の笑顔が浮かんだ。

「そうね……黒瀬透さんとだったらお見合いしてみても良いかも……」
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