上 下
206 / 237
最終章 2人の未来編

12、お前って漢前過ぎね? side拓巳

しおりを挟む

「いいよ、言って。何でも答える」

 窓枠に背を預けたまま俺が横の小夏に視線を向けると、それでも彼女はまだ言いにくそうに、下唇を噛んで考えていた。

 小夏は必死に言葉を探している。優しいコイツのことだ、自分が発する言葉が俺を傷つけるんじゃないかとか、コレは聞いていいことなんだろうか……なんて、頭の中でグルグル考えているんだろう。

 そんな小夏を目の前で見られることさえ今は嬉しくてたまらないんだ……なんて言ったら、きっとコイツは『人が真剣に考えてるのに!馬鹿っ!』なんて言って怒り出すんだろうな。

 ねた小夏を見るのもいいけれど、やはりここは茶化ちゃかす場面じゃないだろう。
 だから俺は決してかすことなく、同じ姿勢のままでジッとその時を待った。



「……穂華さんはたっくんに迷惑を掛けたくないと思ってたんだよね? だから内緒にしてたんだよね?」
「……ああ」

 しばらく経って小夏がようやく目線を上げたところで、俺は組んでいた腕を解いて窓枠から背を離し、身体ごと彼女に向き直った。

「たっくんは、そんな穂華さんの気持ちを知りながら、それでも側に寄り添って、辛くても徐々に変わっていく姿を見届けることを選んだ……そうだよね?」
「……ああ」


「だったら私だって同じだよ」
「えっ?」

「私だって……たっくんの側にいたかった。迷惑を掛けて欲しかった」

 今度は目を逸らすことなく、真っすぐにこちらを見据みすえてくる。

「私にだって分かるよ。たっくんはまた私が無茶をするって思って……巻き込んじゃいけないって思ったんだよね」

ーーそうだよ小夏……。

 俺は自分以上にお前が大事なんだよ。自分の気持ちだけを押し付けるには……もう俺はお前のことを愛し過ぎちゃったんだ。


「俺は自分の我が儘でお前の未来を縛りたくない」
「だけどっ!」

 言葉を遮るように小夏が大きな声を重ねてきたから、俺は続く言葉を引っ込めた。

「それでも……無理矢理にでも巻き込んで欲しかった。側にいろって言って欲しかった。それからどうするかは、私が自分で決めるよ!」
「小夏……」

「私の心も身体もたっくんのモノだよ。全部丸ごとたっくんにあげる。だけど……自分の気持ちも未来も、決めるのは私自身だから!」

「だけど俺は……」

 いや、言い訳なんてしたって仕方ない。
 小夏だって分かってるんだ。たとえ俺が一緒に来いと言ったって、高校生の俺たちにはそんなこと出来っこない、結局今は離れるしか無いんだってことを。

 それでも黙って逃げるんじゃなく、言葉で示して欲しかったんだろう。『離れたって俺たちは大丈夫だ』、『必ず会いに来るから』……と。


「8年前の事を後悔してたのは、たっくんだけじゃないんだよ。私だって、あの時追い掛けなかった事をずっと悔やんでた。もう黙って待ってるだけなんて……何も分からないまま置いて行かれるのは嫌なの!」

ーーああ……。

「ホントお前って……」

「何よ、気が強い女とか、こいつウザイな……とか思って呆れてるんでしょ。だけどね、なんて言われたって私はもう……」

「小夏っ!」
「えっ? うわっ!」

 考えるよりも先に身体が動いていた。小夏の身体を力いっぱい抱き締めると、一旦離して至近距離から顔を見つめる。

「お前ってホント漢前おとこまえ過ぎね? マジで惚れ直すわ」
「またすぐ冗談にする……」

「冗談じゃない。マジで好きだなって思っただけ」
「もっ……もう……」

 ジッと見つめると、小動物みたいなつぶらな瞳いっぱいに俺が映り込んでいる。今この瞬間、コイツが見ているのは俺だけ。世界中でたった1人、俺だけなんだ……。

 そのことに満足してゆっくりと目を細めたら、小夏が俺のしたいことを察してを閉じた。

 そっとついばむように上唇に口づけた後で、今度は強く唇を押し付ける。

「は……」と彼女が吐息を漏らすのを待って、もっともっと深いキスをした。

 唇を離して見つめ合うと、小夏が恨みのこもった目つきでチロッと見上げてくる。

「キスなんかじゃ誤魔化されないんだからねっ! 2度も私を裏切って……3度目は無いんだから!」

ーーフッ……言われなくたって……。

「お前、言ったな……覚悟しろよ。もう絶対に逃さない……」

 もう一度キツく抱きしめたら、耳元で小夏が「馬鹿っ!覚悟がなかったらこんな所まで来ない!」

 涙声で言われて、それもやっぱり可愛いな……と思いながら、口には出さずに黙って喜びを噛みしめた。
しおりを挟む

処理中です...