207 / 237
最終章 2人の未来編
13、お前さ……すぐに泣くだろ? side拓巳
しおりを挟む「お前さ……すぐに泣くだろ? 俺がいなくなったら絶対に泣くじゃん?」
小夏のこめかみの傷痕を指でなぞりながらそう呟いたら、膨れっ面をして「たっくんのせいじゃん!」と睨まれた。
「俺もさ……散々考えたんだ。あのまま学校を続けられないか、お前と一緒にいられないか……って」
「……うん」
「どうにかしてお前と離れずに済む方法を見つけようとしたけれど……無理だった」
チラリとスマホに目をやると、時刻は既に午後3時22分。あまり時間が無い。先を急ごう。
「初めて伯父さんと施設を訪れたその日……離れに戻ってすぐに、施設から電話が掛かって来たんだ」
「えっ、ここから電話が?」
「そう、ここから……母さんから」
*
『もしもし、拓巳くんですか? 私『サニープレイス』の川口です』
母さんのケアワーカーである川口さんから電話が掛かってきたのは、離れに荷物を置いて本当にすぐのことだった。
『先程はどうも。実は……穂華さんが拓巳くんと話をしたいと仰って……』
「えっ、母さんが?」
『はい……あの……』
口を覆うようにして喋っているのだろう。少しくぐもったヒソヒソ声は、耳を澄ませて集中しないと聞き取れなくて、俺は何度も聞き返さなくてはいけなかった。
『穂華さんが、拓巳くんを担当にして欲しいって仰ってて……。彼は今はここにいないって言ったら、直接お願いするから電話しろって……』
ーーああ、そういう事か……。
要は母さんの我が儘に困り果てて電話を掛けて来たって事なんだろう。
「分かりました。母に代わって下さい」
しばらく受話器の向こう側で何か話している気配がしてから、ほんの1時間半ほど前に聞いたばかりの声が耳に飛び込んできた。
「拓巳くん? 私、穂華です」
「はい」
「ねえ、今度はいつ来てくれるの?会いたいんだけど」
「……俺はボランティアなんで……たまにしか行けないんです」
「え~っ、たまっていつ?明日は来てくれる? 明日絶対に来てよ。来るまで待ってるわよ」
自分勝手なのは昔からだったけど……ここまで強引なのは、病気のせいなのか、それとも男相手だからなのか……。
昔よく彼氏に電話していた時のような甘ったるい声で話し掛けられて若干イラッとしながらも、ここで病人相手に怒ったって仕方がないと自分に言い聞かせる。
「分かりました……明日行きますから」
「ホント?本当ね?絶対よ!絶対に来てね!」
「はい、絶対に行きますから……待ってて下さい」
「うん!待ってる!」
そこで電話の相手が川口さんに代わり、俺が明日も行くと伝えると、恐縮しながらもとても喜ばれた。
『良かったです。お祖母様がいらっしゃれなくなってから、ずっと落ち込んで食欲も無かったんですよ。こんなにはしゃいでいる姿を見るのは久し振りです』
困ったな……と思いながらも、そう言われると悪い気はしないし、理由がどうであれ母親が待っていてくれるのは、やっぱり嬉しかった。
そのまますぐに伯父に電話を掛けてそのことを伝えると、『そうか、よろしく頼む。朝、仕事に行く前に送って行くから』とだけ言われた。
言葉は短かったけれど、そこには以前と違って暖かいものが流れているような気がした。
部屋の片付けは案外すぐに終わってしまった。
荷物は以前段ボールに纏めたままになっていて、後は捨てる物とそうでない物を仕分けするだけで良かったから。
昔の洋服なんてもうサイズが合わないし、大切な物はここを出る時に持ち出していたから、残りは全部ガラクタだ。
母だってここに置いて行った物は今更必要ないだろう。家具も全部まとめて処分してもらおう。
伯父さんが注文してくれた出前の寿司を頬張りながら、ふと小夏のことを思い出した。
ヤバい……横須賀に着いたらすぐに連絡しようと思っていたのに、あまりにもいろいろあり過ぎてすっかり忘れていた。小夏も待っているに違いない。
電話を掛けようとして、すぐに手を止めた。
ーーダメだ……今直接話したら、余計なことを言いそうだ。
母さんのことはまだ言いたくない。俺の考えだってまだ纏まってないのに、小夏に何をどう話せばいいのか分からない。
それに小夏のことだ、話せば心配して、今すぐ飛んで行くとか言い出しかねない。だけど、あんな母さんは見せたくないし、俺も今は1人でゆっくり考えたい。
ーーごめん、小夏……。
迷った末に、『帰って来た』の一言だけを打ち込んで送信して、電源を切った。
畳にゴロンと仰向けに体を投げ出して、天井を見つめる。
心も身体もすっかり疲れ切っていたのに、その夜はいろいろ考えていたら、とうとう一睡も出来なかった。
「あら、拓巳くん、会いに来てくれたの?嬉しいわ」
翌朝、叔父の運転で『サニープレイス』に行くと、母はパアッと顔を輝かせて喜んでくれたけど、昨日の電話のことなどすっかり忘れていて、俺が自分の意思で勝手に訪問して来たと思い込んでいた。
だったらこんなに慌てて来るんじゃなかったと少し後悔したけれど、後ろで川口さんが、「昨夜はあなたの名前を呼んで、いつ来るんだ、遅過ぎるって大騒ぎして大変だったんですよ」と小声で伝えられて、職員さんに申し訳なく思った。
夕方まで一緒に過ごして帰る途中で、また施設から電話が掛かってきた。
『明日も来てくれる?寂しいんだけど』
その甘えた声を聞きながら、これが認知症の現実なのかと、絶望的な気分になった。
どうせまたこの電話の内容も忘れて、夜中に職員さんに食って掛かるんだろう。
「くそっ!」
俺は一旦離れに戻ってリュックに着替えと歯磨きセットとスマホの充電器を詰め込むと、タクシーで今さっき出てきたばかりの施設へと舞い戻った。
その日から、俺は面会者用の宿泊室で寝泊りする生活を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる