208 / 237
最終章 2人の未来編
14、お前を巻き込むって決めたぞ?
しおりを挟む「……それで、ずっと穂華さんの側にいてあげようって決めたの?」
「いや……その時はまだ、そこまで考えちゃいなかった。小夏と離れる気は無かったし」
『最後の親孝行のつもりだったのかな……』そうたっくんは呟いた。
冬休みが終わればこうして会うことも簡単に出来なくなる。だからせめてこっちにいる間だけは、母さんが穏やかでいられるよう手助けをしよう……。
そう考えて、短期だけのつもりで泊まり込んだ。最初は本当にそう思っていたのだ。
朝起きて穂華さんの部屋に行き、気乗りしない彼女を説得して洗顔と歯磨きをさせる。
それから着替えを手伝って、食堂に連れて行く。
あとは一緒に散歩したり施設のリクレーションに参加したりして、昼寝をしたいと言えば部屋に連れて行く。
夕食後に寝かしつけたら宿泊室に戻ってようやく自分だけの時間だ。
驚くことに穂華さんはたっくんに従順で、精神的にもとても落ち着いていて、拍子抜けした程だったそうだ。
「これならもう大丈夫かな……って、そう思ったら、今度は無性に小夏に会いたくなった。母さんにはまた春休みにでも会いに行くつもりで、名古屋に帰ったんだ」
だけど現実はそんなに甘くはなかった。
「帰ってすぐに川口さんから電話が来て、『今度はいつ来れますか?』って。春休みには行けるって答えたら、『そうですよね。学校がありますもんね、仕方ないですよね』って、あからさまにガッカリされてさ」
「学校を休むようになったのは、そのせい?」
「そう。週末にもう一度会いに行ったら、施設の職員さんたちが一斉にホッとした顔をしてさ……『どうもすいません』、『ありがとうございます』ってペコペコ頭を下げられて……これはもう、通うしかないなって思った」
そしてバイトも部活も辞めて、週末は横須賀に行くようになった。時にはそれが月曜日まで延長されることもあって、学校を休む日も増えて行った。
「旅費は伯父さんが負担してくれてたんだけど、問題はお金じゃなくて、俺が精神的にシンドくなってきて……。自分のことだけなら別にいいんだ。だけど、お祖母さんが俺の代わりに無理して母さんに会いに行ってたりとか、俺が行くたびにあからさまにホッとする職員さんとか見ちゃうとさ……息子の俺が知らんぷりは出来ないだろ?」
ーーああ、そうなんだ……。
たっくんは優し過ぎるんだ。
昔から自分の感情を押し殺すことに慣れ過ぎていて、『俺さえ我慢すれば』の精神が心の奥深くにしっかりと根付いてしまっている。
だから今回も、たっくんに執着している穂華さんや、そんな穂華さんを持て余している介護職員さん、彼らの今か今かと待ち構えている空気を見て、知らぬ振りをする事が出来なかったんだろう。
『本当に馬鹿なんだから……』そう言いそうになって、喉元で言葉を引っ込めた。たっくんは馬鹿なんかじゃない。ただただひたすら他人に対して優しいだけなんだ……。
「そろそろ部屋に戻るか。新幹線の時間だってあるだろ?」
そう言われて、渋々ながら頷いた。
もっと話を聞きたいし、正直言えばこのままたっくんと一緒にこっちに残りたい。
だけど現実はそんなに甘くはないから……。
「うん、そうだね」
あとは歩きながら話をすることにした。
「ねえ、私を諦めてなかったっていうのは?」
最後にこれだけはどうしても直接聞いておきたい。そう思って口にした途端に、たっくんがドアに掛けた手を止めて振り返る。
「……俺は、お前の未来を縛りたくないって言っただろ?」
私が「うん」と頷くと、たっくんも優しく微笑みながら頷いて、私の左手を取って見つめた。
「お前にはまだ高校生活が残っていて……これから大学に行って、新しい出会いがあって、輝く未来が待っている。対して俺はこれから更に悪化するであろうアルツハイマーの母親を抱えていて、それがいつ終わるのかも分からないんだ。息子の俺でさえウンザリするようなこんな生活を……お前にまで背負わせるわけにはいかないだろ?だから最初は……諦めるしかないのかなって思ってた」
「最初は?」
「うん……最初は」
たっくんはその感触を確かめるように、自分の親指を2つの指輪の上でツツッと滑らせて、愛おしげに目を細める。
「俺は母さんを放っておけない。だから小夏と離れるのは仕方がない。その間に司波みたく小夏に言い寄る奴が出て来るだろうし、小夏も急に消えた俺を見限って新しい彼氏を作るかも知れない」
「そんなことっ!」
絶対にあり得ない……と言おうとしたら、たっくんにその言葉を奪われた。
「うん、小夏に限ってそんなことはあり得ないのにな。お前は俺のことが大好きだもんな」
ニヤッとイタズラっぽく言われたけど、真実だから否定出来ない。
「だけど……あの時は本当に余裕がなくて、そういう事も真剣に考えたんだ。俺は小夏に幸せになって欲しい。だから今は……今だけは黙って離れる。だけど……いつか絶対にまた小夏を取り戻すって自分に誓った」
「取り戻すって……自信満々だね」
「だってお前は俺のモンだからな。ほら、だから婚約指輪だけじゃなくてガーネットのピンキーリングも贈ったんじゃん。『俺のだから浮気するなよ』って念を込めて」
たっくんの言いたいことが分かってきた。
たっくんは私の未来のために一旦は離れても、いつか絶対にまた会いに来てくれるつもりだったんだ。
たとえその時私の隣に違う男の人がいたとしても諦めず奪い返すと心に誓って……。
「念って……分かりにくっ!そんなの言ってくれなきゃ……」
ああ、駄目だ。たっくんの気持ちが……言葉が嬉しくて、またしても涙腺が緩んでしまう。
唇を震わせながら必死に耐えてる私の手を取って、たっくんがガラリとドアを開け、廊下に足を踏み出す。
「あ~あ、また小夏を泣かせちゃってさ……俺って早苗さんの印象マジで最悪だな。もう土下座でも何でもして、小夏との付き合いを続けさせて下さいって頼み込むしかねぇな……」
『いいんだろ?そう言っても。もう俺、お前を巻き込むって決めたぞ?』……そう顔を覗き込まれて、何度もコクコクと頷く。
「ううっ……私も……わだじも……いっじょに……お母さんに……」
手を引かれながらヒックとしゃくり上げて付いていくと、たっくんもキュッと唇を引き結びながらブルーの瞳を潤ませて、握る手に力を込めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる