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最終章 2人の未来編
19、キスしたくなるに決まってるだろ? (1)
しおりを挟む「それじゃ行ってくるね。2人ともパレードを楽しんで!」
「小夏も和倉くんとごゆっくり!」
今から夜のパレードのために場所取りをするという2人と別れて、ネズミーランドから駆け出した。
『春休みに旅行に行こうよ』そう言い出したのは千代美で、『塾があるからあまり遠くには行けないわ』と言ったのが清香。
3人であれこれ考えて『ネズミーランドにしよう』と決まった時に、『私だけ途中から別行動にしてもいい?』と恐る恐る尋ねたら、2人同時に『和倉くんに会いに行くんだね!』とニヤニヤしながら賛成してくれた。
千代美と清香はランドのオフィシャルホテルに2泊するけれど、私は初日の1泊だけして翌日の夜から別行動することにした。
2番乗り場から出た急行バスが横浜に着いたのが午後8時前。そこから電車を乗り継いで目的の駅に着く頃には、午後9時を少し過ぎていた。
駅の改札で待っていてくれたたっくんは、私を見つけるなり大股で近付いてきて、水色のボストンバッグを当然のようにヒョイと取り上げて右肩に担ぐ。
「お疲れ様……久し振りだな」
「うん、久し振り」
「行くぞ」
「うん」
空いている左手で私の手を握りスタスタと歩き出す。
3週間振りの再会なのに言葉少なめなのは、きっと照れているからなんだろう。私も気恥ずかしく感じているからなんとなく分かる。
毎日のように電話やメールで会話しているくせに、直接会うと緊張してしまうのは何故なんだろう……。
たっくんに遅れまいと小走りになっていたら、
「待ち時間が勿体ないな……やっぱタクシーにするぞ」
そう言って、バス停に向かっていた足をタクシー乗り場に方向転換した。
タクシーの車内ではずっと無言だったけれど、たっくんの親指が私の指輪を上から確認するように何度もなぞってきたから、全く不安は無かった。
そこから10分ほどで住宅街に入り、2階建ての鉄骨アパートの前で車が停まる。
「ここが今俺が住んでるアパート」
1棟4戸のアパートが向かい合って2棟建っていて、たっくんが住んでいるのは左側の棟。
真ん中にある外階段で左右に部屋が分かれているけれど、たっくんの部屋は1階なので、階段は使わない。
そのまま階段脇から右側のドアを開けて中に入って行く。
玄関から続く短い廊下の突き当たりが寝室。廊下右手がLDKで、たっくんはまずLDKに案内してくれた。
「あっ、思ってたよりも広い!」
たっくんがパチリと電気をつけた途端に私が思わず声を上げると、たっくんがニコニコしながら頷いた。
「そうだろ、俺も最初そう思った」
築15年、家賃5.5万円のアパートは、6.7帖の洋室と11.8帖のLDKからなる1LDKで、バストイレ別でお風呂は追い炊き可、しかもエアコン付きという優良物件だった。
住宅街にあるため徒歩80メートル圏内にバス停やスーパー、銀行やコンビニも揃っていて、穂華さんの住む『サニープレイス横須賀』にも徒歩12分程の距離だと言う。
「今は母さんのとこまで自転車で通ってるから、俺の超速運転だと5分しか掛からないんだぜ」
そうたっくんが自慢げに語った。
私はたっくんがずっと宿泊室で寝泊まりしていると思っていたのだけど、それは職員さんの要請で来ていた最初の頃だけだったらしい。
横須賀で穂華さんの面倒を見ると決めてからアパート探しを始め、施設の職員さんも何人か住んでいるという今のアパートに空きを見つけるとすぐに契約をした。
だから前回私がたっくんに会った時には、既にこのアパートに住んでいたのだ。
「伯父さんが保証人になってくれたんだ」
「そうか、伯父さんが……」
私の中ではずっと印象が悪かった伯父さんだけど、たっくんによると少しずつ変わってきているらしい。
たっくんがクリスマスの後に呼び出されて横須賀に行った時、伯父さん夫婦が弁護士と税理士を引き連れてたっくんのいる離れを訪れた。
今後の話し合いのためだ。
資産家であった穂華さんの父親は、かなりの財産を家族に遺していった。
穂華さんは失踪する時たっくんの口座に高額を振り込んで行ったけれど、それでも引き継いだ遺産のほんの一部だったようだ。
残ったお金の大半を施設の入居資金に充て、あとは月々必要な経費をお祖母様が口座から引き落として施設に支払っていたらしい。
「施設に入る時に前払いで支払いは済ませてるんだけど、それは部屋代と食費ぐらいなもんで、紙おむつとかレクリエーションの費用とか細々したのは雑費として月々請求されるんだ。そういうのをお祖母さんが払ってくれてたんだけど、母さんの口座からは引き出さずに、自分のお金で負担してくれてたみたいで……」
そこまで言うと、少し切なそうに顔をしかめた。
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