88 / 100
88、 立て!
しおりを挟む場外に出たコタローは、 床に尻もちをついたまま、 左足の甲をグッと両手で押さえている。
面で隠れていて表情が見えないけれど、 きっとその顔は苦痛で歪んでいるのだろう。
「今のは相手の反則でしょ? 」
「違うよ京ちゃん、 今のは場外に出たコタローの反則」
「えっ、 嘘! 」
「竹刀で押し出すのは認められてるから。 あそこでコタローが踏ん張れなかったんだから仕方ないよ」
私たちの会話を聞いていた宗次郎先生が、 私の説明を捕捉するように言う。
「場外に出る、 則ち敵前逃亡、 戦線離脱ということだな。 虎太朗の場合は本当に戦線離脱になるかもしれないが…… 」
「えっ? 」
「今のでコタローの反則2回、 恩田選手と同点となった。 これから延長戦だが、 あの様子じゃ左足はもう限界だ。 これ以上戦うのは無理だろう」
「そんな…… 」
コタローを見守りながら淡々と語る宗次郎先生の横顔を見ていたら、 私はなんだか泣きたい気分になってきた。
ーー コタロー、 悔しいよね……。
あんなに練習を頑張ってきたのに…… 絶対に勝つって意気込んでいたのに……。
世界一になるって…… 世界一の男になるって言ってたのに……。
そう思ったら、 私の胸に熱いものが込み上げてきた。
「コタロー! 立って! 」
考えるよりも先に声が出ていた。
急に立ち上がって大声で叫び出した私を、 両側から宗次郎先生と京ちゃんのビックリ顔が見つめているのを感じる。
いや、 宗次郎先生と京ちゃんだけじゃない。
会場中の注目のど真ん中に、 今、 私は立っているんだ。
うん、 みんなビックリだよね。
私だって、 自分で自分自身の行動に驚いてるよ。
目立つことが大嫌いで、 深く考えるのもメンドクサイ私が、 千人以上もいるこの会場で、 必死で大声を張り上げて注目を浴びてるんだもん。
だけど、 大好きな彼氏の一世一代の大ピンチなんだよ?!
今この時に勇気を出さずに、 一体いつ出すんだっちゅーの!
「コタロー、 立って戦って! 」
傷ついて限界をとっくに超えてるコタローにこんなことを言うなんて、 我ながら酷いと思うよ。
こんなの彼女失格なのかも知れない。
だけど…… だけどね、 たぶんコタローは、 私に『これ以上無理しないで』とか、『もう十分頑張ったよ』なんて言葉は望んじゃいない。
コタローはきっと今、 私にこう言って欲しいんだ。
「コタロー、 まだ試合は終わってないよ! コタローはまだ頑張れる! 勇往邁進! 」
私はコタローが座右の銘にしている言葉、 塾で何度も目にしてきた言葉を口にした。
「そうだ、 コタロー、 勇往邁進だ! 頑張れ! 」
私に続いて右隣の席からも大きな声が聞こえてきた。
ーー 宗次郎先生……。
「コタロー、 頑張れ! 」
ーー 京ちゃんも……。
「そうだ、 頑張れ! 」
「立ち上げれ! 」
「負けるな! 」
「諦めるんじゃないぞ! 」
私たちの声に釣られるように、 会場中から次々と応援の声が飛び始め、 次第に会場中が大声援に包まれた。
私も負けじと声を張り上げる。
「コタロー、 これからカッコイイとこ見せてくれるんでしょ! 私はちゃんと最後まで見てるよ! 」
すると、 コタローが床に手をつき、 ゆっくりと腰を浮かし始めた。
声援が低いザワめきに代わり、 会場の全員が固唾をのんで見守る。
コタローが2本の足でしっかりと立ち上がると、 自然に拍手が起こり、 会場中がわっと沸きかえる。
コタローは腰に手を当てて首をぐるりと回すと、 一直線にこちらを見上げた。
私には分かる。 今コタローはきっと私を見ている。 あの視線の先にいるのは…… 彼女になった私なんだ。
そして面の奥の瞳は、 三日月型にニッコリ微笑んでいる…… ような気がした。
コタローがコートへと戻ってすぐに、「タイム! 」と黄色い旗が上がった。
時間切れ。 これからいよいよ延長戦に突入だ。
ーー コタロー、 頑張れ!
コートにすっくと立って竹刀を構えたその姿は、 誰よりも美しく凛々しい侍そのものだった。
1
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる