仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

44、俺はまだ生きているんだ

『お兄ちゃん、なんだか痩せたんじゃない？ ちゃんと食べてる？』

　桜子とのFaceTime で、開口一番そう言われた。告知後5日目の朝だった。
　
　ギクリとしたけれど、答えはちゃんと用意してある。

「ああ、夏バテを引き摺って食欲が落ちたところに、ここのところ仕事が忙しくてさ、冬馬や水口さんにもちゃんと食べろって叱られたばかりだ」

『事務所が忙しいのは何よりだけど、何ごとも身体が基本だからね。ちゃんと3食たべて、よく寝てね』

「ああ、ありがとう」

『そういう話を聞くとお兄ちゃんの事が心配になっちゃう。早く日本に帰ってご飯を作ってあげたいな……』

「何言ってるんだ……あとたった……半年だ。お前はそっちで頑張って…バイリンガルになって帰って来い」

ーー桜子、そんな嬉しいことを言ってくれるなよ……嬉しすぎて悲しくて、余計に辛くなるじゃないか。

　ヤバい、涙腺が緩んで来た。頬がピクピクと震え出す。
　メールのやり取りや電話ならまだしも、顔が見えるFaceTime でコレは駄目だ。

「桜子……俺はまだ仕事が残ってるからもう切るぞ」
『えっ、もう？ついさっき話し始めたばかりなのに？』

「ああ……もう……だ。悪いな」
『お仕事なら仕方がないものね。分かった、もう切るね』

「桜子っ！」
『えっ？』

「桜子……あのマグカップ……使ってる？」
『ああ……ちゃんと使ってる。ふふっ……ほら、今も』

　桜子がホットミルクの入ったマグカップをかざしてみせる。
　それを見たら恋人設定で過ごしたあの楽しい時間が思い出された。

ーー駄目だ、余計に泣けてくる。

「……じゃあな」
『えっ？！』

　通話を無理矢理打ち切った。
　思いっきり不自然だけど、泣き顔を見せるよりはマシだろう。

　今後はFaceTime も避けた方がいいかも知れないな。今みたいに涙腺が緩むのは勿論だけど、化学療法が始まれば脱毛も始まるっていうし……。

「くそっ！ 命が削られるだけじゃなくて、桜子と顔を見ながら話す機会まで奪われるのかよっ！……ざけんな！」

　机の上の物を書類ごとバサッ！と手で払い退けてから、すぐに後悔する。
　
「何やってんだ……大事な仕事の書類なのに」

　慌ててしゃがみ込んで書類を拾い集めていると、胃の辺りがキリッと痛んだ。

　今こうしている間にも、癌細胞が胃の中で蠢いているのかと思うと胃がムカムカして来る。
　慌ててトイレに駆け込んで便器に顔を突っ込んだけど、ここのところちゃんと食べてなかったから胃液くらいしか出て来なかった。

「くっそ～、死にたくねぇ……」

ーー桜子……俺はまだ生きたいよ。お前と一緒に生きてたいよ。

　そのままトイレの床に座り込んでボーッと天井を眺める。
　滲んだ視界の向こうにさっきまで話していた桜子の姿が浮かんだ。

「桜子……可愛かったな……」

　一緒に買い物に行った時に俺が選んでやったパジャマを着ていた。
　万が一、俺以外の奴に見られる可能性を考えてバッチリ長袖長ズボンだけど、ダボッとした白いシルク製でツルツルしていて肌触りもいいやつだ。

「あっちは今……午後7時半か……」

　肩にバスタオルを羽織って、髪は半乾きだったな。俺が乾かしてやらないと中途半端なままにしちゃうからな。どうせ仕上げ前のトリートメントもちゃんとつけてないんだろうな。

「桜子の髪に……触りたいな……」

　不意に桜子の髪の匂いや柔らかい感触が思い出されて、腰がゾクッとした。
　身体中の血液が1カ所に集まっていくような感覚。途端に股間が熱くなった。

「……ははっ…」

　癌になっても気力が弱っても、ココはまだちゃんと反応するのか。
　しっかりおっ勃って、子孫を残そうとするのか。

　俺には何も残せないのに……もうすぐ死んでしまうのに……。

ーーだけど、俺はまだ生きている。

「俺はまだ……生きてるんだ……っ！」

　俺はスラックスの前をはだけると、自分のモノを取り出して勢い良く扱き始めた。

　シルクのパジャマ姿の桜子。濡れ髪にタオル、フルーティーなシャンプーの香り。
　薄い唇に口づけながらパジャマのボタンを1つづつ外して、そこから手を忍び込ませて柔らかい胸を揉みしだいて……。

「くっ……桜子っ………出るっ！」

　冷たいトイレの床に白濁液が飛び散った。間隔を開けて二度三度と吐き出されるソレを呼吸を乱しながら見ていたら、生せいを実感できてホッとした。

「桜子に触りたい……」

　その考えは稲妻が落ちたかのように突如降って来た。


ーーそうだ、桜子に会いに行こう。

　生きているうちに……まだ俺が俺であるうちに、桜子に会うんだ……。