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57、お見合い side天馬
しおりを挟む天馬25歳の冬
『新年のスペシャルコースを奢ってやる。お洒落して来いよ』
そう言って父親から市内の高級ホテルに呼び出されたのが1月12日の大安吉日で、年が明けて2週間以上も経ってから今更新年のフルコースでも無いだろ……と思いながら、言われるままにそこそこ上品な装いで出掛けた。
市内で有名な老舗ホテルの高級レストランで名前を告げると、すぐに席に案内される。
ガラス越しに庭園を眺められる特等席に父親の姿は無く、その代わりに見知った女性が見慣れぬ格好で席についていた。
「えっ……椿…?」
近付く天馬に気付いて立ち上がったのは、着物姿の水瀬椿。顔には満面の笑みを浮かべている。
ーーうわっ、謀られたな。
ホテルの高級レストランに庭の見える特等席、そして着物姿の女性。
こんな絵に描いたようなベタなシチュエーション、嫌でも気付く。
ーー若いお2人だけでごゆっくり……ってヤツか。
天馬は椿の前に立つと、苦笑しながら頭を掻く。
「なんだよ、お前も親に騙されて来たの? お互い大変…… 」
「騙されてないわよ」
被せるように言われ、天馬は「えっ?」と目を見開いて、言葉を失った。
「私はちゃんとお見合いのつもりでここに来てるわよ。本気じゃなければ、こんな手描き友禅の振袖なんて勝負服、わざわざ着てこないわ」
「あっ……ああ……」
天馬が今気付いたというように上から下まで視線を動かすと、椿が一歩下がって「どう?」と聞いてくる。
「椿の着物姿、初めて見たわ」
「だから、『どう?』って聞いてるんだけど。少しは気の利いた台詞を言えないの? 奮発したんですけど」
「ああ……綺麗だな」
「もうちょっと感情をこめてよ」
「いや、本当。マジで綺麗だって。似合ってるよ」
天馬は椿の椅子を後ろから押して座らせてやると、自分も向かい側の席に座り、フッと鼻で笑いながら、テーブルの上で指を組んだ。
「なんでだよ、お前は見合いなんて分かってて素直に来るような女じゃないだろ」
「相手が天馬だからよ 」
「えっ……? 」
即答されて一瞬言葉を失った。
「私、天馬となら結婚してもいいと思ってるわよ。私と結婚して、父の病院を継がない? 」
「結婚て、何言って……。大体お前と俺は戦友って言うか、ただの同期で……」
天馬が困惑した表情を浮かべると、椿が苦笑しながら言う。
「ただの同期…… あなたにとってはそうでしょうね。でも私は1年生の頃からずっと天馬が好きだったわよ」
「えっ、嘘だろ?! 」
「酷い言いようね。とにかく私は本気よ。天馬はどうなの? 私じゃ不服?」
ーー不服ったって……。
椿は水瀬総合病院の跡取り娘で、美人で聡明で自信に溢れていて ……医学部時代から同期のマドンナ的存在だった。
研修医になってからも患者の治療方針について意見を闘わせたり、睡魔と戦いながら一緒に当直を乗り切ったりと、共に頑張って来た仲間だ。
「椿……好きか嫌いかと聞かれたら、俺はお前のことが好きだよ。だけど……」
「だけどそれは恋愛感情の好きではないのよね?」
先回りして言われ、頷くしかなかった。
「そんなのとっくに分かってるわよ。だから、これから意識してみて欲しいって言ってるの」
「えっ?」
「ねえ、お試しでいいから、私達しばらく恋人ごっこをしてみない? それで天馬の心が動かなかったら潔く諦めるから」
そう言われて心が動いた。
この建設的な提案に乗ってみたら、幼馴染への不毛な恋を諦められるかも知れない。
椿はいいヤツだ。胸を焦がすような情熱的な恋ではないかも知れないけれど、お互いの仕事を理解し合い、助け合って、いい関係を築けるかも知れない。
「……分かった。その恋人ごっこに乗ってみるよ」
天馬が笑顔で右手を差し出すと、椿が嬉しそうにニッコリ笑って、その手を握り返した。
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