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【幕間】辻、心のツッコミ (2)
しおりを挟む俺が研修医として入った大学病院でも天馬先生の隣には水瀬先生がいて、2人は付き合っているとか、婚約してるらしいとかいう噂が流れていた。
ーー婚約か……まあ、自然な流れだよな。
天馬先生は大学病院で勤務しながらも、たまに実家の病院にも行って手伝いをしている。
そこに水瀬先生も当直のバイトに行っているというのだから、親公認の付き合いという事なんだろう。
それが突如、天馬先生が大学を去るという。
水瀬先生と破局したとか、天馬先生が浮気したとか、他の女を連れてホテルに入っていくのを見たとか部長を怒らせたとか、いろいろな噂が飛び交ったけれど、天馬先生本人は至って何も変わらず、退職のその日まで普通に仕事をこなしていた。
送別会の日には水瀬先生の動向にも注目が集まった。
だけどそちらも至って何も変わらず、彼女が天馬先生の隣を陣取ってビールを注ぎ足しながら、
『ここでは一緒に働けなくなるけれど、バイトの方では引き続きよろしくね』
なんて笑顔で言っていたから、噂の方もデマだったんだという流れになり、その後水瀬先生が他の相手と結婚したことで自然に終息していった。
2年間の研修期間が終わり、さてこれからどうしようかと思った時、俺は迷わず天馬先生の元を訪れていた。
「『柊胃腸科』で雇って下さいよ」
開口一番でそう告げた俺に天馬先生は口をあんぐりさせて、
『俺のとこに来ても大した給料はやれないぞ』
『大学に残った方がいいんじゃないか?』
『あっちでもっと学ぶことがあるだろう』
なんて言っていたけれど、俺の決心が固いと知ると、「分かったよ。だけど手加減しないからな、覚悟しておけよ」と、最後は右手を差し出してくれた。
覚悟なら大学を辞めると決めた時にとっくにしたし、学ぶなら天馬先生の元がいい。
そりゃあ大学でだって学ぶことは沢山あるだろうけど、優秀な外科医のメス捌きを間近で見たいなら、そんなの天馬先生一択だろう?
それに俺は薬局の息子で、継がなきゃいけない病院も無い。好きな場所で好きなように働かせてもらうさ。
そうして働き始めた『柊胃腸科病院』でも、やっぱり天馬先生はモテモテで、従業員のみならず、患者から……いや、患者以外からも熱い視線を集めていた。
天馬先生目当てで連日待合室で『出待ち』する女子高生が現れた時は、自動ドアに貼り紙がされた。
『診察以外のお客様の出入りは診療の妨げになりますので、御遠慮願います』
それでもやめずに調理実習で作ったクッキーなんかを手渡そうとするものだから、それまで適当にあしらっていた天馬先生がブチ切れた。
「お前ら、ここを何だと思ってるんだ!周りにいる病人が目に入らないのか!これ以上こういう事を続けるならお前らの学校に電話するぞっ!それに俺はガキに興味は無い!とっとと帰れ!」
いい加減迷惑だと思っていた周囲の患者からは拍手が起こり、院内のファンをさらに増やす結果となった。
もちろん俺も惚れ直した。
それがまさかね……。
『クールなイケメン』
『難攻不落の高嶺の花』
『遊びでいいから一度抱いてほしい』
そんな風に言われている超絶モテ男が、7つも歳下のあんなフンワリした子に夢中だなんて、誰も思わないだろ?
しかも恋愛相談って……中高生の初恋かよっ!
だけどきっと、これが天馬先生の初恋なんだ。
本当の恋を知らずに適当に遊んでいた男が『本気の恋』を知って、彼女の一挙一動に戸惑って、どうしたらいいか分からずに狼狽えているんだ。
普段どんな難関オペにも患者の急変にも動じない先生が、少年みたいに頬杖ついてニヤニヤしたり落ち込んだりしてるんだぜ。
この前なんて、パソコンで『若い女性に人気のおすすめスイーツ』とか検索してるんだぜ。
そんなの見てて、めちゃくちゃ楽しいに決まってる。
そんなのさ、恋愛マスターの俺が手伝うしかないだろ? ここが俺の見せ場だろ?
だからさ、こうやって呼び出されるのは嬉しいし、報酬なんかなくたって、いくらだって相談に乗るけどさ……。
「好きなのを頼めよ。極上ちらしか?」
まあ、いただけるものはちゃっかりいただいておくのがマナーというものだろう。
「そうっスね。デザートにわらび餅も付けていいですか?」
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