婚約破棄してきた強引御曹司になぜか溺愛されてます

田沢みん

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裏 あしながおじさまは元婚約者でした

㊙︎ 裏おじさま奮闘記 1

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 これは書籍化に伴い削られた本編中のエピソードを使用してお話を再構築した、裏『あしながおじさまは元婚約者でした』です。
 サイトに掲載していた当時の文章を改稿して使用しているので、台詞や語尾、手紙の内容など、書籍版とは微妙に違う部分があります。
 お話の流れもサイト版に準じていますので多少違っているかもしれませんが、大まかな流れは一緒です。こちらでは『ヤリ捨て朝哉』が健在です。
 主に朝哉目線、間に雛子目線や叔父一家目線が入ります。
 不定期更新となりますが、お楽しみいただければ幸いです。



*・゜゚・*:.。..。.:* .。.:*・**・*:.。..。.:*・*:.。. .


 りガラスの自動ドアを通過して中に入ると、シルバーのカウンターで受付を済ませる。
 そこからすぐ近くのエレベーターで1階上に上がれば、そこがJFK空港のセネターラウンジだ。

――本当にいるのかな。

 朝哉ともやはラウンジの入口で立ち止まり、フロアーをキョロキョロと見渡した。

 今日は平日の午前中。しかもここがファーストクラス専用ということもあって、ラウンジ内は人がまばらでとても静かだ。
 客も慣れたもので、大声で騒ぎ立てることもなく、それぞれ搭乗までの時間をゆったりと過ごしている。
 ソファーにもたれてスマホの画面を見ているもの、すでにアルコールを飲んでくつろいでいるもの。
 そして、パソコンに向かって文字を打ち込んでいるもの……。

――いた!

 心臓がドクンと脈打った。
 その目には、窓際の黒い革張りのソファーに座り、パソコンの画面を熱心に見つめている女性が映っている。
 卵型の小顔に大きな目。ゆるくウェーブのかかった背中までの長さのブラウンヘアー。
 リ◯ちゃん人形のようにスラリとした長い手足の……。

――ヒナだ……!

 その瞬間、全身の血液が逆流し、寒くもないのに足が震えだす。視界が滲み、呼吸が苦しくなった。
 けれどカッコ悪い姿は見せられない。
 朝哉は大きく深呼吸して、スーツの襟を整えた。

 足を前に出すまでには数秒を要しただろうか。
 それでもはやる気持ちは抑えきれず、一歩踏み出したそのあとは、自分でも驚くほどの早足でテーブルに近づいていく。
 朝哉がギッと音を立てて向かい側のソファーに腰掛けると、彼女は顔を上げ……大きな黒い瞳を見開いた。

「うそ……なんで!?」

 雛子ひなこと目が合った。声が聞けた。そして手を伸ばせば触れられる距離にいる。
 それだけで嬉しくて嬉しくて、鼻の奥がツンとする。
 だけどここで泣いちゃ駄目だと気合を入れた。
 6年ぶりの再会なんだ、少しでもカッコよくありたい。
 朝哉は平静を装って顔に笑みを浮かべてみせた。

「ヒナ、ひさしぶり」
「朝哉……」
「まだ覚えてくれてたんだな。もしかしたら俺の顔なんて忘れられてるかもって思ってた」

 その言葉に答えることなく、雛子はパソコンをパタンと閉じる。
 彼女はそのままそれを小脇に抱え立ち上がると、小型のキャリーケースを引いて、少し離れた別の席に移動した。

「ヒナ、ちょっと待って」
 慌てて追いかけ目の前に座る。

「ヒナ、俺さ……」
「他にも席はあいてますよ」
 苛立ちを隠さない険しい顔で睨みつけられた。
 その瞳の冷たさに一瞬怯んだものの、ここで引くわけにはいかない。
 唾をゴクリと飲み込み口を開く。

「ヒナ……」
「話しかけないで!」

 彼女が発した大声に、朝哉は今度こそ言葉を失う。
 うつむいた雛子の身体が小刻みに震えている。それが寒さなどではなく、怒りなのだと気づいて愕然とした。

――このままでは駄目だ、ヒナとちゃんと話をしなくては!

 せっかく会えたのに、やっと言葉を交わせたのに。
 予想以上の反応に、パニック状態でどうしたらいいのか分からない。
 そうこうしているうちに雛子がパソコンをケースにしまい、無言で立ち上がった。

「ちょっ、ヒナ!」
 けれど彼女は呼び止める声には振り返らずに、足早に出口へと向かう。

――嘘だろ……。

 そりゃあ大喜びされるとは思っていなかった。
 あんなに酷い振り方をしたんだ、憎まれて当然だろう。
 それでも話をすればわかってくれると思っていたし、あのとき自分がどんな気持ちで別れを告げたのか、この6年間どんな想いでいたのかを伝えれば、きっと許してくれるに違いないと、そう思っていたのだ。

――許すどころか、話さえ聞いてもらえないなんて……。

 あまりのショックに立ち尽くしていたが、ハッと我にかえって周囲を見渡す。
 ラウンジから雛子の姿が消えていた。
 しまった、先に出てしまったのだ。

――逃してたまるか!

 慌てて駆け出し追いかけると、遥か前方に雛子の細い背中が見えた。
 思ったより足が速いんだな……と考えて、苦笑する。
 そうか、付き合っていた頃はお互いの顔を見ながら並んで歩いていたから、こんなふうに追いかける必要なんてなかったんだ。
 そう考えた途端に胸が痛む。
 
――絶対に逃してはいけない。ここで捕まえなければ、この後の計画がすべて水の泡になってしまう。

「サラッと……勢いでサラッと告げてしまおう」

 そう決めて、動く歩道を小走りに進む。
 朝哉が引くキャリーケースの音に気づいたのか、雛子がパッと振り返る。一瞬で顔色が変わり、彼女の眉間に皺が寄った。

「ああ、疲れた!ヒナってこんなに足が速かったっけ……」
「……お先にどうぞ」
「えっ……」

 雛子が黙って歩道の隅に動く。

「私のキャリーケースが道を塞いでいましたね。失礼しました、どうぞ行ってください」

 キャリーケースを引き寄せながら、先に行くよう目で促された。見上げるその瞳が『迷惑だ』と告げている。

「えっ、あっ……」

 さっきまでの決意が一瞬にして砕け散り、朝哉は「あ……はい、ありがとう」と間抜けに答えて歩きだす。
 搭乗口までの長い通路を進みながら、自分の背中を見ているであろう雛子の胸中を想い、朝哉は一度も振り返ることができなかった。

 日本行きの飛行機の搭乗口前で、長椅子に座る。
 しばらくしてから雛子も到着したが、彼女は朝哉の姿を見て明らかに動揺している。
 まさか行き先が同じだとは思っていなかったのだろう。

――やはりラウンジで話をすべきだった。

 けれど後悔したって仕方がない。もうここまで来てしまったのだ。
 長椅子から見上げる朝哉からフイッと視線を逸らし、雛子は離れた席でスマホに文字を打ち込みはじめた。

 ピコン♪

 しばらく経って、朝哉のジャケットの胸ポケットでスマホが音を立てる。
 
――あっ!

 見なくても、朝哉にはその音がどこから来たのか分かっている。
 だってこのスマホにメールを送ってくる相手は、世界にただ一人しかいないのだから。

――ヒナからのメールだ!

 けれどすぐにスマホには触れない。
 彼女がメールを送ってきたばかりのこのタイミングでスマホを取り出せば、絶対に怪しまれてしまうから。
 雛子には自分の口からちゃんと伝えたい。
 こんな場所でうっかりバレてしまうなんて間抜けなことはしたくない。

――ヒナの顔をちゃんと見て、『あしながおじさまは俺だったんだよ』、そう俺の口から伝えるんだ。

 そのとき飛行機の優先搭乗開始のアナウンスが流れ、周囲の乗客が動きはじめた。

――残るチャンスは機内のみ。

 だけど14時間のフライトだ、雛子と接触する機会はいくらでもある。

――今度こそヒナに俺の気持ちを伝えるんだ。そして……

 朝哉は自分にコクリとうなずくと、キャリーケースのハンドルを持って立ち上がる。
 添乗員に丁寧にお辞儀をされながら、一番最初にボーディング・ブリッジを渡りはじめた。

――日本に到着したときには、ヒナと再び恋人同士だ!

 そう心の中で誓いつつ、朝哉は自分の後から機内に乗り込んでくるであろう愛しい元婚約者を想うのだった。
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