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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
白石麗良
しおりを挟む白石麗良は同じ歳の従妹が大嫌いだった。
父親がCEOかどうかの違いだけなのに、むこうは都内の豪邸でお姫様みたいな暮らしをして、憧れのお嬢様学校に通っている。
親戚の集まりでも大人に可愛がられてちやほやされて、輪の中心にいるのが当たり前だというように無邪気に笑っていた。
あの笑顔が腹立たしくてたまらなかった。
そして何より許せなかったのは、クインパスの御曹司、朝哉様と付き合いだしたこと。
昨年の11月末に催された企業懇親会という名目のお見合いパーティーで、麗良は運命の出会いをした。
「おっと、失礼」
会場に入ってすぐに誰かと肩がぶつかって、「チッ、邪魔だよ」と睨みつけようとしたところで、麗良はそのまま固まった。
ーー王子様……!
絵本からそのまま抜け出してきたような背の高いスラッとした美形が正面からジッと見つめている。さすが新宿だ。
いや、受付からずっといい男を物色していたけれど、これほどの人はいなかった。この人が特別なんだ……。
ぼけっと見惚れるあまり、手にしていたクラッチバッグを落としてしまった。
「あっ……はい、これ。大丈夫? 具合悪いの?」
王子様はすかさず床にしゃがみこんでバッグを拾い上げると、埃をサッと叩いて笑顔で手渡してくれた。
ーー運命の人、発見!
元々、年寄りばかりの企業の懇親会などには興味がなかったのだ。
父親も、自分はどうせ関係ないからと行く気がなかったのに、どこから情報を仕入れたのか、母親が今回は絶対に参加しろ!と言いだした。
『今回の集まりは企業の子息が多数参加するお見合いパーティーなのよ!』
それを聞いて、俄然その気になった。
大企業の御曹司に見初められれば田舎から離れて一気に上流社会の一員になれる。なってみせる!
そう意気込んでやって来たパーティーで、いきなり最初からこんな出会いがあるなんて!
なおも麗良がぼんやり見つめていると、男性はちょっと困ったような顔をして、バッグを麗良の手にポンと乗せた。
その指先さえも美しい。
「あっ、あの! ありがとうございます! お名前を!」
自分は白石工業の社長の娘の白石麗良だと名乗ると、相手の男性は「白石……」と、少し目を細めて微笑む。
「白石工業さんね、よく知ってるよ。俺は黒瀬朝哉と言います、よろしく」
これは絶対に運命だ。彼もそう感じたに違いない。この微笑みは自分だけに向けられたもの。お互い一瞬で恋に落ちたんだ!
だけど彼は「それでは失礼」と言って背中を向けてどこかに行ってしまった。
ーーあれっ? ここから2人だけでゆっくり話すんじゃないの?
だけど今日は企業の懇親会でもある。彼も忙しいのかもしれない。
とりあえず追いかけて近くで待機するか……いや、その前に、まずは彼の素性を知るのが先だ。東京23区在住じゃないと嫌だし。
――だけど彼なら……八王子か町田市、ううん、横浜でもかまわないかな……。
そんな風に考えながら、料理にガッついている父親の元に向かい、黒瀬朝哉の素性を聞いた。
「黒瀬? 下の名前が朝哉かは知らないけど、たぶんそれはクインパスグループの御曹司だ。下の息子がえらい美形だって聞いたことがある」
クインパスなんて、日本人なら知らない人がいないほどの大企業だ。
一気に麗良の瞳が輝きだす。
ーーやっぱり運命! 東京での豪邸ライフ、決定!
それなのに、「それなら諦めろ……」と父親に言われ、思わず「はぁ?」と声が出た。
「まだ本決まりじゃないが、白石メディカとクインパスで業務提携の話が出てるんだ。それに伴って雛子と次男との見合い話も出ている」
「……はぁ?」
何を言っているのだ。よりにもよって、あの雛子と?
あの女は何もかも持っているくせに、さらにレベルアップして優雅な生活を手に入れようとしているのか。どこまで意地汚いんだ。
自分との差がもっと開いてしまう。しかも麗良の運命の人を攫うことによって……。
知らないうちに両手の拳をキツく握りしめていた。クラッチバッグが軋んでいる。
わなわなと肩を震わせながら会場を見渡すと、壁に背中を預けてぼんやりと立っている朝哉を発見した。
やはり美しい。あの人が雛子のものになるなんて、とんでもない。同じ白石の血を引く娘であれば、自分のほうが彼に相応しい。
たくさんの女が遠巻きに見つめている。何人かが果敢に声を掛けては玉砕し、去って行く。
彼は自分を待っているに違いない、あそこに行かなくては。あんな女どもにちょっかいをかけさせておくわけにはいかない。
麗良は小走りで彼に近づいた。
「――朝哉さん、お待たせしました。あちらでゆっくりお話を……」
「あっ、俺、あそこに彼女がいるんで」
ーーえっ?
彼が指差した先を目で追うと、そこには宗介と腕を組み、企業の年寄りどもに囲まれて笑顔を浮かべている雛子がいた。
ーーはぁ? ……彼女!?
もう一度朝哉を振り返る。
それはそれは優しく甘い眼差しで見つめるその先には……やはり雛子がいた。
何度振り返っても、雛子だった。
彼の視線の先に麗良はいない。
「朝哉さん、どうして……!」
「悪いけど、俺、彼女以外にはその気にならないから」
鋭く睨みつけながら、邪魔だとばかりに低い声音で言われ、その場を退散するしかなかった。
ザマアミロとばかりに見つめる薄笑いの視線とクスクス笑い。
ーー何が可笑しい! 自分たちだって相手にされなかったくせに、悔しいくせに!
顔を真っ赤にしながら会場から逃げ出して、廊下の窓辺で息を吐く。
ーーくそっ! 運命の人なのに! せっかく見つけたのに!
もう帰ろうかと思っていると、会場から雛子が出てきた。
背中を押して転ばせてやろうかと思っていたら、後を追うように朝哉も出てくる。
雛子がヨボヨボのジジイと話しだす。
それを朝哉が離れたところから見つめている。
彼が近寄っていき、雛子の向かい側に座り……手を繋いで会場に入り、そして、2人で消えていった。
それを見た途端、全身の血液が逆流するのを感じた。
ーーどうしてあの女ばかり……!
歯軋りしながらクラッチバッグを勢いよく床に叩きつける。
けれど、さっき優しくバッグを拾ってくれた朝哉はここにはいない。
身体中がドス黒い感情に支配される。
ーー雛子……絶対に許さない。
自分の知らないところで一方的に嫉妬され、激しく憎まれていることに、雛子は全く気づいていなかった。
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