夏目荘の人々

ぺっこ

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ぽっちゃり女子×犬系男子9

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「たこ焼き1パックお願いします。」


「はーい!ありがとうございます。」


午前中は人もまばらだったけど、お昼にさしかかるとどんどん人が増えてきた。


「うわー、ここの看板凄いね!上手いけど結構グロめ。」


時々聞こえてくるそんな声。


千紗の手がけた看板の効果もあるのか、私たちの出店は結構繁盛していた。


「千紗の看板、評判ばっちりだね!」


そう言うと、千紗は自慢げに鼻を鳴らした。


「あのタコも結構役に立つでしょ?」


やけにリアルなタコを思い出し、私は笑ってしまう。


「あー!いた!花ちゃーん!」


そこで、よく通る声が私の耳に届く。


声の方へ目を向けると、少し先の方に、梨香さんたちの姿が目に入った。


「梨香さん、夏目さん、砂本さん!」


そう呼びかけてぶんぶんと手を振る。


「来たよー!」


と嬉しそうに私の前に立った梨香さんに私も嬉しくなる。


「ありがとうございます!」


「いやー、大学とか久しぶりに来たけど、やっぱりなんだか若いねー。」


キョロキョロと辺りを見渡す砂本さんに笑ってしまう。


「砂本さんもまだお若いじゃないですか。」


「いやー、30代に入ると急に20代が若く見えるんだよ。」


そんな会話をしていると、


「みなさんこんにちは!たこ焼きどうぞ!サービスです!」


にゅっと横から出てきた千紗が、3人にたこ焼きを渡す。


「あ、どうぞどうぞ。私の友達の千紗です。」


千紗は3人に会ったことがないので紹介する。


「君が千紗ちゃんか。花ちゃんからお話はよく聞いてるよ。いやー、花ちゃんがいつもお世話になっています。」


保護者のような存在の夏目さんがそう言いながら、千紗の手にしっかり3人分のたこ焼きのお金を握らせていた。


と、そこに、


「千紗さん、花さん、13時になったので、交代です!お疲れ様でした。」


同じゼミの後輩たちがやってきた。


「えっ、本当?ちょうど終わった?じゃあ一緒にまわろー!」


そんなハイテンションな梨香さんに私と千紗は笑って頷いた。


後輩たちに手を振り、夏目荘のメンバーで大学を歩き回る。


「ねえ、そういえば陽介の出店どこ?」.


しばらく歩いてから梨香さんが今思い出したとでもいうようにそう言った。


「えーっと、確か…」


陽介くんたちは飴屋さんだと言っていた。


色んな飴を作るんだそうな。


「あ、すぐそこですね!」


ちょうど通ったところに、ポップなデザインでかかれたキャンディーショップという文字が目に飛び込んできた。


りんご飴に、ぶどう飴、それだけじゃなくて星型のキャンディーや綿菓子など、色々なかわいい飴が所狭しと並んでいる。


「わっ…かわいい。」


思わずそんな声がもれた。


「あれ、藤田と花ちゃんじゃん!」


そんな声に顔を上げれば、今朝見たばかりの山岡くんが私たちに声をかけてくれた。


「あ、山岡!」


私の横で、千紗が弾んだ声を上げる。


…いつも千紗は山岡くんに会うととっても嬉しそうなのになあ。


本当に好きじゃないのかなあ。


思わず首をかしげてしまう。


「あ、山岡くんじゃん!朝ぶりー!陽介いるー?」


いちご飴ちょうだいと言いつつ梨香さんが質問する。


「ああ、陽介はさっき休憩入っちゃったんすよー。」


すんません。と言いながら山岡くんがいちご飴を渡す。


「ええー!」


つまんなーいと一瞬肩を落とした梨香さんだったけど、すぐにけろっとすると、


「まあいいわ。」


次どこ行くー?と私と千紗の肩を抱いて歩き出した。


「そうですねー…夏目さんと砂本さんは行きたいところはありますか?」


さっきから全然話していない2人に話しかけると、


「実は…ちょっと天文サークルのウォーキングプラネタリウムっていうの、興味があるなあ。」


遠慮がちに砂本さんが微笑んだ。


「おお、砂本さんそういうの好きそうだね。」


私も行ってみたいな。


と夏目さんも同意する。


「おー、いいね!じゃあ次そこ行きましょう!」


レッツゴー!と片手を挙げた梨香さんにつられて私も片手を挙げる。


そして動き出そうとしたその時、


「…っ花!」


息の上がった声が聞こえたかと思うと、右手をぐいっ!と引かれた。


「う…わっ!」


思わずよろけそうになった体を必死に踏ん張る。


びっくりして振り返ると、ひざに手をついてはあはあとしている嶺二くんがいた。


「嶺二くん!どうしたの?」


驚いてつい大きな声が出る。


そんな私の言葉は聞こえなかったのか、嶺二くんは私の手に何かを握らせた。


「これっ…昨日の礼だよ。飯もケーキも美味かったよ。」


つーんと澄ました顔で私に顔を反らしながらそう言うと、嶺二くんは足早に去って行ってしまった。


「あ…ありがとう。」


すでに姿の見えなくなった嶺二くんにお礼を言って手元に目を落とすと…


「ふふっ」


何本ものいびつな形をした星のキャンディーがそこにはあった。


「えー!これ失敗したやつ?それとも嶺二くんが作ったの?」


興味深々に千紗が私の手元をのぞきこむ。


「多分、嶺二くんが作ってくれたんじゃないかな。」


昨日ケーキ作りに悪戦苦闘していた彼の姿を思い出し、なんだか心が温かくなった。



その後、しばらく歩いていると


「あ、ここかな?」


砂本さんが声をあげた。


砂本さんの目線を追うと、


「天文サークルプラネタリウムはこちら!」


という文字と矢印が、階段の上を指していた。


「さすが山の上の大学。いい運動になるよ。」


夏目さんが後ろから少し疲れた声でそう言った。


私の通うこの大学は、山を開けてつくられたそうで。


それはもう、坂が多くて広い。


みんなでぜいぜい言いながら階段を登り終えると、


「わー!きれー!!」


そこからは街全体を見渡すことができた。


他の校舎より一段と高いところにあるからか、あまり来たことのない場所だ。


最後の年にこんな場所を見つけられて、ラッキーだ。


「プラネタリウム行こ行こ!」


うきうきしている千紗に背中を押されて扉を開ける。


「うわー!」


広々としたエントランスに足を踏み入れると、壁一面に星座の写真が貼られてあるのが目に入った。


「綺麗だねー!」


私たちは感嘆の声をあげて思い思い写真のところへ足を進めていく。


私は8月生まれだから、獅子座。


獅子座の写真を見て、やっぱり獅子座ってあんまりかわいくないよなあとしみじみ思う。


しばらく獅子座の写真を眺めていると、


「わっ!」


かわいらしい声と共に、私の右側に小さな衝撃が走った。


慌てて下を向くと、長い髪を2つくくりにした10歳くらいの女の子が尻もちをついて倒れていた。


大変!


「大丈夫!?怪我はない?」


慌てて女の子の側に寄ってそう尋ねると、


「はい、私が前を見ていなくて。すみませんでした。」


女の子はすくっと立ち上がってぺこりと頭を下げた。


あらー、すごくしっかりした子だ。


「それならよかった!今日は誰かと一緒に来たの?」


辺りを見渡して、女の子の友達や家族らしい人を探すが見当たらない。


「はい、兄と一緒に来たのですが、ここではぐれてしまいました。」


何てことのないように淡々とそう言う女の子。


でも、その瞳は不安で揺れているように見えた。


「そうなんだ。じゃあ、私と一緒にお兄さん探そうか!私はね、花っていうの。あなたのお名前は?」


にっこり笑ってそう言うと、


「美々。楠田美々です。」


美々ちゃんはふわりと初めて笑顔を見せてくれた。


わー、かわいい。


けど、美々ちゃんの笑顔、誰かに似てるな…


私は首を傾げながら美々ちゃんと手を繋いで歩き出した。


多分、お兄さんもここで美々ちゃんを探してるよね。


「美々ちゃんのお兄さんは今日はどんな服着てた?」


「白いトレーナーに、薄い茶色のズボンです。」


思い出すようにそう言う美々ちゃんに頷き周りを見る。


白いトレーナーに薄茶のズボン
白いトレーナーに薄茶のズボン…


あ…


きょろきょろを辺りを見渡していると、前からそれらしい人が走ってこちらにくるのが見えた。


「美々ちゃん、あれが…」
「美々っ!!」


私が話すより先に、その人は美々ちゃんの手をつかんだ。


「お兄ちゃん!」


ほっとしたように大きな声を出し、お兄さんの胸に飛び込む美々ちゃんを見て私もほっとする。


…ていうか美々ちゃんのお兄さんって。


「楠田くん?」


そっと名前を呼ぶと、彼は驚いたように顔を上げた。


「…高瀬さん!」


「もしかして、美々と一緒にいてくれた?」


少し眉毛を下げて申し訳なさそうな顔をする楠田くんに、私は笑顔を返した。


「美々ちゃんと話せて、とっても楽しかったから気にしないで!」


そう言うと、楠田くんはほっと息を吐き出した。


「トイレ行ってる間にいなくなってて…美々はしっかりしてると思ってほったらかしにしすぎたな。」


優しい目をして美々ちゃんの頭をなでる楠田くんはきっとすごくいいお兄さんなんだろうなと思う。


…っとそろそろ行かないと。


「じゃあ私、そろそろ行くね!」


と、ふとさっき嶺二くんからもらった星の飴のことを思い出す。


「あ、そうだ!これ、美々ちゃんにあげるね!」


星の飴を差し出すと、美々ちゃんの目がキラキラと輝き出した。


「花ちゃん、ありがとう!」


と満面の笑み。


ああ、かわいい。


美々ちゃんの笑顔に癒されていると、美々ちゃんの手が私の手をつかんだ。


「私…」


迷うように口を閉じたり開いたりする美々ちゃんに


「ゆっくりでいいよ。」


と声をかける。


「私、」


「うん。」


「まだ花ちゃんと一緒にいたいな。」


小さな小さな声でそう言った美々ちゃん。


「美々…高瀬さんは他の友達と来てるから。」


遠慮がちにそう言った楠田くん。


でも、美々ちゃんのさっきの態度を見ると、自分の気持ちを伝えるのは苦手みたいだ。


そんな美々ちゃんが私と一緒にいたいと言ってくれたのだ。


そんなの答えは


「うん!もちろん!」


に決まってる!


「え、でも高瀬さん!」


~♩


楠田くんが口を開いた時、ちょうど私のスマホが鳴った。


「あ、ごめん千紗だ。」


断りを入れて電話を出ると、


「見た、私は見たわよ~!」


やけに楽しそうな千紗の声が聞こえてどきりとする。


辺りを見渡しても人が多すぎて彼女の姿が見えない。


「何を見たの?」


「花と楠田くんと、かわいい女の子。」


…からかわれている。


というか、勢いで美々ちゃんにもちろんって言っちゃったけどよく考えれば千紗と夏目荘の面々は初対面だ。


私が抜けるとなればどちらにも申し訳ない。


でも美々ちゃんのお願いは叶えてあげたい。


もんもんとしていると


「てかさー、その女の子楠田くんの妹?」


「うん」


「すごい花に懐いてるみたいだし、一緒に回ったらどう?」


ずっと花の手握っててすごいかわいい!


…本当にどこから見てるんだ?


でも、千紗がそう言ってくれたのはとても助かる。


「本当?でも千紗は?」


気もつかうだろうし疲れないだろうか。


「私は全然大丈夫よ!むしろあとでいい話聞けるの楽しみにしてるわ!」


終始楽しそうに話していた千紗はそのままじゃあね!と電話を切った。


千紗はいったい何を期待しているのだろう…。


首をかしげていると、下の方から視線を感じた。


ああ…美々ちゃんがキラキラした目で私を見ている。


「美々ちゃんお待たせ。じゃあ、私も美々ちゃんと楠田くんと一緒にいてもいい?」


「うんっ!」


この上なく嬉しそうに笑った美々ちゃんは最高にかわいい。


「え…高瀬さん、いいの?」


申し訳なさそうにそう言った楠田くんにぶんぶんと手を振る。


「全然全然!私も美々ちゃんと一緒にいたかったし、千紗も楽しんでおいでーって!」


にっこり笑ってそう言うと、楠田くんはやっと表情を和らげてくれた。


「じゃあ美々、次はどこに行く?」


しゃがんで美々ちゃんと視線を合わせ、優しい声で話しかける楠田くん。


「うーん…お兄ちゃんの行きたいとこ。」


「さっきもそう言ってプラネタリウムに来たから次は美々の番だよ。」


うーんとうなりつつどんどんと首をかしげていく美々ちゃん。


…本当に行きたいとこないんだろうな。


人と一緒にいる時は、無意識に自分のやりたいことをおさえつけていた過去の自分。


違う意見ややりたいことを言って、嫌われたくないから。


そうしてるうちに、本当にやりたいことがなくなってしまって、基本的には誰とでも合わせられるようになった。


それは長所でもあるけど、短所でもある。


なんとなく、美々ちゃんに過去の自分を重ねてしまった。


ふと、美々ちゃんが飴をあげて喜んでる姿を思い出し、


「美々ちゃんは甘い食べ物は好き?」


と尋ねた。


すると


「うん。」


笑顔が返ってきた。


「じゃあ、クレープ食べに行かない?」


そう提案すると、キラキラとした目が私を見つめた。


「よし、決まりだな。」


ありがとう、高瀬さん。


そうほっとしたように言った楠田くんに笑顔を返す。


「じゃあ行くか。」


そう言って美々ちゃんと手を繋ぐ楠田くん。


うふふ、かわいいなあ。


2人を微笑ましく見ていると、美々ちゃんが私の方を向き、


「花ちゃんも!」


と小さな手で私の手を握ってくれた。


「わっ!」


美々ちゃんのかわいい行動にきゅーんとしていると、


「なんかこうすると、お父さんとお母さんと手繋いでるみたい。」


そう言ってきゅっとさらに私の手を握った美々ちゃん。


かわいい、かわいいけど。


お父さんとお母さんと言われたことが気まずくて、そろりと楠田くんを見ると、


「っ!」


楠田くんも私を見ていたのか、ばっと視線をそらされた。


あああ、ごめんね、嫌だったよね、私と夫婦みたいって言われるの。


気まずいなあ…と思っていると、楠田くんはそっとメガネを押さえた。


?照れてる…?


よく見ると、耳も赤い。


「「…楠田くんって絶対花のこと好きよね。」」


そこになぜかよみがえる昨日の千紗の言葉。


いやいやいやいや。


1人で首をふり、ため息をつく。


「クレープ、楽しみだね!」


気まずい気持ちを吹き飛ばし、私は美々ちゃんに笑顔を向ける。


と、出口を出ようとすると、ドンッと誰かにぶつかった。


「っすみません。」


「こちらこそ…って花ちゃん?」



…聞き慣れた優しい声に、私の心臓がどきりとはねた。





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