きみとの距離

ぺっこ

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思わぬ機会

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保健室の中にいたのは

「…七瀬くん?」

膝から血を流して座っている七瀬くんだった。

「?あれ、津島!」

はっとしたように七瀬くんは、私を見て笑顔をみせた。

「そ、それっ!大丈夫なの?」

手当をしないままの傷を指差して尋ねると

「あー、全然大丈夫!なんか、さっきサッカーしてたら軽く転んで…でも、先生もいないから救急箱の場所とか分かんないし…」

本当に平気そうな七瀬くんは肩をすくめて笑った。

「それなら確か…」

私は2年生の前期、保健委員だった。
今日ほど一回保健委員をしてて良かったと思うことはないだろう。
1年前と場所が変わってなければ…

頭の奥の方にある記憶を引きずり出して私は保健室の角にある戸棚を開けた。

…ビンゴ!

「七瀬くん、あったよー!」

急がないと…!
戸棚から救急箱を取り出し、七瀬くんの前に膝をついて座る。

「ちょっと染みるかもしれないけど…失礼します」

そう言って七瀬くんの足をそっと伸ばし、消毒液を膝にかけようとすると、

「ままま待って津島!」

何故か真っ赤になった七瀬くんがマキロンを持った私の手首を掴んだ。

「えっ?」

私の手首をやすやすと掴んでしまった七瀬くんの大きくて体温の高い手に、私の顔に熱が集まるのを感じる。

「…あの?」

緊張しながらもそっと七瀬くんに声をかけると、

「わっ!ごめん!」

彼ははっとしたように私から手を離した。

「あの、その…」

視線は下がったままで、迷うように口を開け閉めした後、七瀬くんはさらに真っ赤になりながら

「その、足とか、あんまり人に触られたことないからその…びっくりして………女の子だし。」

最後の方は声が小さくて聞こえなかったが、なるほど七瀬くんの言う通りだ。

いくら怪我をしているからって、突然ただのクラスメイトから触られたら驚くだろう。

…むしろ嫌悪感があるかもしれない。

ああ…やってしまった。

さっきまで熱かった頬の熱が急に冷める。

「ご、ごめん!本当にごめんね。嫌な思いさせちゃった!あの、ここに救急箱置いとくから!あの…お大事に!」

私はうつむきながら早口でそう言うと立ち上がり、忘れかけていた本来の目的の氷をもらおうと冷凍庫を開ける。

はやく、はやくここから離れたい。

嫌な思いさせちゃった。
もしかして嫌われたかもしれない。

恥ずかしいやら後悔やらで視界がぼやけてくる。

ガラガラと勢いよく袋に氷を入れて、私は保健室を後にしようとした。

…すると

「あの、津島?」

後ろから小さく声がかかった。

まさか呼ばれるとは思わなかったので、

「はいっ」

上ずった声が出てしまった。
恐る恐る振り返ると、そこには絆創膏を手に持った七瀬くんがいた。

すると、言いにくそうに口を開いた七瀬くんは

「あの、よかったら絆創膏貼ってくれないかな?」

自分じゃ上手く貼れなくて…
そう言った七瀬くんの膝の上には何個か丸まってしまった絆創膏がある。

思わず七瀬くんを見ると、彼は恥ずかしそうに微笑んだ。

「俺、器用じゃなくて…」

なんとまあ。
かわいい、かわいすぎるよ七瀬くん。

さっきの落ち込んだ気持ちは一気に吹っ飛び、笑顔で彼の手から絆創膏を受け取る。

血が拭かれて、傷口が直接見える足は結構痛そうだ。

「本当に大丈夫?」

思わず確認してしまうと、

「あはは!よく見ると結構浅いんだこの傷。だから全然大丈夫!ありがとな!」

七瀬くんは元気にそう言った。

「そっか…よかった。」

「そういえば、津島はどうして保健室に?」

七瀬くんは、具合でも悪い?と心配そうに私の顔を覗き込む。

うーわー、サービスだこりゃあ。
すんごい。

私はどぎまぎする心臓を抑えて私は恥ずかしいさっきの出来事を話す。

「だから頭がちょっと痛くて…」

へへへとボールがぶつかった場所を撫でると、七瀬くんはおかしそうに笑った。

「まだ痛む?」

すると、何を思ったのか、七瀬くんは私がボールをぶつけた場所を優しく撫で始めた。

…え?
なんだか今日はめでたいな。世界が私に優しい。

私の頭に触れる七瀬くんの温もりに戸惑うとともに、心地よさを感じる。

至近距離で好きな人に頭を撫でられるというのは憧れのシュチュエーションだ。それが今かなっている。

でも…
無理!だめ!自分の汗の匂いとか、色々気になって息ができない!

「な、七瀬くんっ!」

とうとう息苦しくなった私は彼に声をかけた。

すると七瀬くんははっとしたように私の頭から手を離した。

「はっ!本当にごめん!つい、妹を思い出して…」

…妹

「七瀬くん妹いるんだね。何歳?」
「8歳なんだ!」

…8歳

「そうなんだあ!」

さっきまでドキドキしていた心臓が、急に静まりかえる。

妹みたい…
それっていいのかな?

「津島?おーい!あれ津島?」
「…」

それから私の思考はしばらく停止した。

どうやら私は七瀬くんにとって、恋愛対象ではないようだ。


…知ってたけど。
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