煉獄の歌 

文月 沙織

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 女といっても、おずおずと近寄って来た相手は、まだかなり若く、敬よりも年下のようで、十六、七というころか。薄闇にも艶々つやつやとした黒髪を、肩のところでおかっぱにしており、立って敬を見下ろしている形になっても、目は上目遣うわめづかいで、ひどく怯えているようだ。
「あの……、食事です」
 見れば、相手の手には盆がある。
 やはりおずおずと近づいて来ると、床上に膝を付き、盆を置く。
 茶碗一杯のご飯と、味噌汁、漬物という、いたってあっさりした食事だが、食欲などかけらもない今の敬には、どうにか食べれるものだ。
「あの……、ちゃんと、食べるのを見ているようにと……」
 緋色の襦袢の膝上ひざうえで両手を握りしめて、女、というより少女は告げる。
「ふん……」
 敬は少女のまえで、持ち前の負けん気をとうにか取りもどし、さも、仕方ないから食ってやる、といわんばかりの態度で盆と向きあった。
 なんといっても十九である。生きている限り、食べないわけにはいかず、敬は、渋々と箸に手を伸ばした。やはり飢え死にして終わるほど弱くはなれない。
 かなり時間がたっていたのか、ご飯も味噌汁も冷めてしまって味気ない。もしかしたら、少女は室の前でかなり長い時間、敬が起きるのを待っていたのかもしれない。
「あの……すみません」
「え?」
 少女は顔を伏せ、口早に言う。
「すみません! あのとき、邪魔してしまって!」
「え? ……あ、あのときか」
 言われて初めて思い出した。
 そうだ、逃げようとしてぶつかった女がいたが、それが、目の前の彼女だったのだ。あのときは、夢中で顔もろくに覚えていなかったが、こうしてよく見ると、目鼻顔立ちの整った、なかなかの美少女だ。
「わ、わたしがぼんやりしていたから……。邪魔してしまってすいません!」
「べつに……。いいよ。……君……、いや、おまえ、名前はなんていうんだ?」
 ばちな気分だった敬は、あえて乱暴な口調で訊く。相手に興味もわいた。
 ここで、こういう格好でいるということは、彼女もこの屋敷で働くことになる娼婦なのだろうか。
「あ、あの、わたし、ここでは、千手せんじゅっていいます」
 相手が名乗った古風な聞き慣れない千手という名は、店の雰囲気に合わせて付けられた源氏名というものだろう。本名は訊かないのが礼儀というものか。
「俺は敬。やす……」
 安賀敬だ、とあらためて言おうとして敬は止めた。安賀組の名を出したくはなかった。
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