煉獄の歌 

文月 沙織

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 とはいえ、男らしくなったとはいうものの、それでもまだ充分中性的で美しいことは変わりない。
「……あんた、根性あるな。やっぱ、極道の出なんやな」
 敬は応えず、箸を取った。家のことは出したくなかった。
 小虎は膝を抱き寄せて座った。その仕草からはあどけなさすら匂う。
「俺な……、親父が殺されて、手下に組を乗っとられて売られて、何もかもなくしたとき、これからはヤクザいうたかて、力だけでは無理やと思ったんや」
 敬は何も言わない。小虎の言葉を無視しているわけではない。その言葉には考えさせらるものがあった。
「だから、これからは、今の俺の唯一の財産であるこの身体と顔と、頭で、どうにかして生き延びて強うなって、組を奪った連中に復讐してやろ、思ってるんやけれど……」
 そこで息を吐くかすかな音。
「でもな、女が……、照葉が、あないなふうに酷い目にあわされているのに止めへんかったのは、やっぱり仁義にもとるわな」
 片膝立てて言う小虎は、襦袢姿のせいもあってか、色っぽい。
「仁義か……。そんなもの、もう流行らないよな」
 今度は敬が苦笑してみせた。
 若い敬だが、今が時代の変わり目にきていることは、なんとなく理解できる。
 ヤクザ世界も変わりつつある。
 ヤクザ社会だけではない。戦後十年のこの年は、新旧の価値観がさまざまな分野で入れ替わり始めたころだった。
 義理や人情、仁義などを言いたてるのは、古くなりつつあった。
 そして、父は、古い時代の男だった。これから、今までの体制を守ろうとするヤクザはますますやりにくくなるだろう。だからといってヤクザが消えるわけではない。時代に合わせたヤクザが生き残るのだ。
 飯粒を噛みしめ、ぼんやりそんなことを思っていると、襖が開いた。
「小虎、おまえご指名の客だぞ」
 大林がぶっきらぼうに告げる。
「なんや? ウィスキーのおっさんか?」
 大きなアルコール飲料の会社の社長が小虎にぞっこんだと聞いた。
「いや、新しい客だ。おまえに会いたいと」
 一瞬、小虎の黒真珠のような艶やかな瞳にかげが走る。
 これからその客相手に身を売るのだ。腹はくくったものの、会ったばかりの男に身を売るのは、やはり抵抗があるのだろう。
「ふうん……。しゃあないな。じゃ、行ってくるわ」
「大口の客の紹介で来たんだ。くれぐれも機嫌をそこねないように気をつけろよ」
「ん……」
 大林は襖を閉めるまえに、一瞬、気がかりそうに敬を見た。が、何も言わず去っていく。
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