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九分咲き 三
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アベルを見るアイーシャの黒目は、怒りや憎しみをこえて、どこか切なげなものすら感じさせはじめ、エリスをまごつかせるほどだ。
だが数秒後には、そんな、すぐそこにあるのに手に入れることができないやるせなさの翳りなどただちに目から消して、アイーシャはいっそう欲望に爛爛と燃える目を見せはじめた。
「そうだ。いい遊びを思いついたわ。ジャムズ!」
満たされない幼女の顔から、稀代の淫婦の顔にもどったアイーシャは、気に入りの宦官を犬でも呼ぶように呼び寄せた。
側に来た彼に小声でなにやら命じる。
つかの間ではあれ、アイーシャの手が離れたことにわずかながら安堵していたアベルは、気づかなかった。
やがて背後で何やら物音が聞こえたかと思うと、振り向かされたときには、室の中央に例の木馬が宦官たちによって設置されていた。
アイーシャがまた破廉恥きわまりない遊戯にふけるのかとおぞましげに身を震わせているアベルを尻目に、アイーシャは先日とおなじ手順で〝準備〟をはじめる。
「ふふふふ……。これは取り外して大きさを変えることもできるのよ。今日は最初だから、なるべく小さいものにしておいてあげるわ」
その言葉に、アベルはぎょっとした。
てっきりアイーシャが自分で遊ぶのだと思い込んでいたのだが……。
アベルは彼女の考えていることを推量するのが怖くなった。
(ま、まさか……。そんな……)
玻璃瓶の中身を気前よく、選んだ張り型にしたたらせながら、アイーシャは美しくゆがんだ笑みを浮かべた。
これほど残虐な女に、この国の神はなぜこれほど美しい顔をあたえたのか……と、アベルが疑問に思うほどに、その顔は麗しく見える。物語に出てくる、旅人をたぶらかす美貌の魔女か女魔神のようである。
「や、やめてくれ!」
アベルの拒絶を無視して、アイーシャは宦官たちに命じた。
「もう一度こっちへ連れて来るのよ。本当は鏡の前がいいのだけれど、そこだとちょっと具合が悪いものね」
「こ、これだけ私を辱しめたのだから、もう充分だろう!」
アベルはここから一歩も動くまいと、床を踏む足に力を入れた。
「何を言っているのよ。せっかく贈ってやった木馬を使わないなんて、勿体ないじゃない? もしかしたら初夜に陛下がお望みになるかもしれないし。そのときのために、今から練習しておいた方がいいでしょう?」
気が遠くなるほどに恐ろしい予言を受けて、アベルは蒼白になった。窓から吹きこむ南国のねとりとした微風に肌を撫でられながらも、身体が凍えるほどに冷たくなっているのが自分でもわかるほどだ。
「や、やめてくれ!」
背後から宦官兵に押されて、無駄とは知りつつ叫ばずにいられない。
だが数秒後には、そんな、すぐそこにあるのに手に入れることができないやるせなさの翳りなどただちに目から消して、アイーシャはいっそう欲望に爛爛と燃える目を見せはじめた。
「そうだ。いい遊びを思いついたわ。ジャムズ!」
満たされない幼女の顔から、稀代の淫婦の顔にもどったアイーシャは、気に入りの宦官を犬でも呼ぶように呼び寄せた。
側に来た彼に小声でなにやら命じる。
つかの間ではあれ、アイーシャの手が離れたことにわずかながら安堵していたアベルは、気づかなかった。
やがて背後で何やら物音が聞こえたかと思うと、振り向かされたときには、室の中央に例の木馬が宦官たちによって設置されていた。
アイーシャがまた破廉恥きわまりない遊戯にふけるのかとおぞましげに身を震わせているアベルを尻目に、アイーシャは先日とおなじ手順で〝準備〟をはじめる。
「ふふふふ……。これは取り外して大きさを変えることもできるのよ。今日は最初だから、なるべく小さいものにしておいてあげるわ」
その言葉に、アベルはぎょっとした。
てっきりアイーシャが自分で遊ぶのだと思い込んでいたのだが……。
アベルは彼女の考えていることを推量するのが怖くなった。
(ま、まさか……。そんな……)
玻璃瓶の中身を気前よく、選んだ張り型にしたたらせながら、アイーシャは美しくゆがんだ笑みを浮かべた。
これほど残虐な女に、この国の神はなぜこれほど美しい顔をあたえたのか……と、アベルが疑問に思うほどに、その顔は麗しく見える。物語に出てくる、旅人をたぶらかす美貌の魔女か女魔神のようである。
「や、やめてくれ!」
アベルの拒絶を無視して、アイーシャは宦官たちに命じた。
「もう一度こっちへ連れて来るのよ。本当は鏡の前がいいのだけれど、そこだとちょっと具合が悪いものね」
「こ、これだけ私を辱しめたのだから、もう充分だろう!」
アベルはここから一歩も動くまいと、床を踏む足に力を入れた。
「何を言っているのよ。せっかく贈ってやった木馬を使わないなんて、勿体ないじゃない? もしかしたら初夜に陛下がお望みになるかもしれないし。そのときのために、今から練習しておいた方がいいでしょう?」
気が遠くなるほどに恐ろしい予言を受けて、アベルは蒼白になった。窓から吹きこむ南国のねとりとした微風に肌を撫でられながらも、身体が凍えるほどに冷たくなっているのが自分でもわかるほどだ。
「や、やめてくれ!」
背後から宦官兵に押されて、無駄とは知りつつ叫ばずにいられない。
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