燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 十代の身体に、あぶらぎった中年男の貪婪どんらんさをまといつかせて、衣を脱げばかえって太く見える豚のような肉体をベレニケに押し付けてきたメロペは、それまで娼婦稼業に墜ちても、まだどこか純粋なものを持っていたベレニケにとって、なけなしの最後の純潔の砦を壊してくれた第二の仇でしかなかった。
(せめて、相手があの人だったら……)
 あれから二年たってもベレニケは、あの夜のことを思い出すと嘆息せずにいられない。
 数日後、メロペとともに遊びに来た彼の友人は、べつの娼婦の手を引いて隣の彼女の室に入って行った。すでに女を知っているようで、その若さからは驚くほど慣れており、小面こづら憎くすら思ったが、たくましい長身と、背に流れる金髪には目を引かれた。ちらりと見えた横顔も遠目にもかなり整っていることが知れ、ベレニケは彼を客にとった娼婦仲間を妬んだものだ。
(いくら仕事とはいっても、せめて少しでもいいから、好もしいと思える男に抱かれたいものよね……)
 彼の相手をしたのは、たしかアスパシアだった。勿論それもこの館での仮の名で、本当の名がなんというのか、そこそこ友人づきあいしても訊いたこともなく、出自も相手が語らないかぎりはこちらからは訊かないのが、こういうところで働いてはいても、最低限の礼儀だとベレニケは心得ている。
 この柘榴荘の娼婦たちは、ほとんどが元は良家や名家の娘というだけあって、どれほと落ちぶれても、礼節に厳しいところがある。それが最後の自尊心の壁なのだろう。
 アスパシアはやや栗色めいた黒髪に、やはり淡みのある黒目で、手足がすらりと長い、母方にギリシャ人の血を持つ、なかなかの美人ではあるが、背が高すぎるのが玉に疵だとタルペイアがこぼしていた。本人もそれを気にして、やや背をかがめる癖があったが、あの客……メロペの連れてきた若い友人……。
 俺は彼女をえらぶ、と横一列に並ばされた女たちのなかで、迷うことなくアスパシアを指差し、きっぱりと言い切った若く見栄えの良い客……。
(ディオメデス……。そう呼ばれていたわ)
 そう。そのディオメデスに、すらりとした背が魅力的だと言われたと頬を染めてアスパシアが嬉しそうに言っていたことがあった。
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