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二
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突然、室に甲高い声が響き、ディオメデスとメロペは同時に声の主に目をむけた。
「義母上……」
許可もなく入室してきた背の高い女を、ディオメデスは睨みつける。
「あら、怖い顔。こうして義母が息子と仲良くしたくて来たというのに」
ディオメデスは仕方なく笑みを作り、マルキア……油断できない継母をむかえた。
「良いお酒が入ったので、あなたにと思って持ってきたのよ。サガナ、お継ぎしなさい」
サガナと呼ばれた侍女がうやうやしく銀盆を差し出す。
「ありがたい。あとでいただこう」
だが、どんなことがあってもディオメデスはこの女から差し出された飲食物に手をつけない。
マルキアは稀代の妖婦、とディオメデスは信じて疑わない。
五歳のときに母が亡くなり、代わりにこの女が家に入ってきてから、ディオメデスが知るかぎり三人の人間が不審な死をとげた。忠実な家令、父の側室、若い奴隷。家令は病死、側室は首をつっての自殺、奴隷は逃げようとしたので撲殺した、とされているが、ディオメデスは本能で、それが目の前の魔女の仕業であることを見抜いていた。
そもそも、マルキアは父と結婚するまえは裕福な貴族の後妻とされているが、それ以前の出自がほとんど見えてこない。ディオメデスが調べてみても判らない、ということがすでにこの女のかなり妖しい前歴をものがたっている。
(今にかならず尻尾をつかまえてやるぞ)
そんな継子の思惑に気づいているのかいないのか、マルキアは化粧をほどこした美しい顔で、瑠璃色の青い目を細め、女神のような慈愛ぶかい笑みをつくる。
「さ、サガナ、お継ぎして」
「はい」
サガナと呼ばれた女は地味な灰色の衣をまとって、杯に酒を注ぐ。このサガナという女もかなりうさんくさい、とディオメデスは睨んでいる。
顔立ちは地味で化粧もほとんどしていないし、身体つきはひどく痩せて魅力も感じないが、どういうわけか、妙に気になる。
女として気を引かれるのではなく、得体の知れない不気味な雰囲気がディオメデスの神経をひっかくのだ。見ようによっては、陰気で、いつも黒い目を伏せているこの地味な侍女こそ、そばの美貌の妖婦よりやっかいな魔女なのでは、とディオメデスに思わせるものがあるのだ。
「義母上……」
許可もなく入室してきた背の高い女を、ディオメデスは睨みつける。
「あら、怖い顔。こうして義母が息子と仲良くしたくて来たというのに」
ディオメデスは仕方なく笑みを作り、マルキア……油断できない継母をむかえた。
「良いお酒が入ったので、あなたにと思って持ってきたのよ。サガナ、お継ぎしなさい」
サガナと呼ばれた侍女がうやうやしく銀盆を差し出す。
「ありがたい。あとでいただこう」
だが、どんなことがあってもディオメデスはこの女から差し出された飲食物に手をつけない。
マルキアは稀代の妖婦、とディオメデスは信じて疑わない。
五歳のときに母が亡くなり、代わりにこの女が家に入ってきてから、ディオメデスが知るかぎり三人の人間が不審な死をとげた。忠実な家令、父の側室、若い奴隷。家令は病死、側室は首をつっての自殺、奴隷は逃げようとしたので撲殺した、とされているが、ディオメデスは本能で、それが目の前の魔女の仕業であることを見抜いていた。
そもそも、マルキアは父と結婚するまえは裕福な貴族の後妻とされているが、それ以前の出自がほとんど見えてこない。ディオメデスが調べてみても判らない、ということがすでにこの女のかなり妖しい前歴をものがたっている。
(今にかならず尻尾をつかまえてやるぞ)
そんな継子の思惑に気づいているのかいないのか、マルキアは化粧をほどこした美しい顔で、瑠璃色の青い目を細め、女神のような慈愛ぶかい笑みをつくる。
「さ、サガナ、お継ぎして」
「はい」
サガナと呼ばれた女は地味な灰色の衣をまとって、杯に酒を注ぐ。このサガナという女もかなりうさんくさい、とディオメデスは睨んでいる。
顔立ちは地味で化粧もほとんどしていないし、身体つきはひどく痩せて魅力も感じないが、どういうわけか、妙に気になる。
女として気を引かれるのではなく、得体の知れない不気味な雰囲気がディオメデスの神経をひっかくのだ。見ようによっては、陰気で、いつも黒い目を伏せているこの地味な侍女こそ、そばの美貌の妖婦よりやっかいな魔女なのでは、とディオメデスに思わせるものがあるのだ。
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