燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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(だが、するしかない)
 契約書に署名し、誓ったからには、逃げることなどできない。約束をたがえれば弟が自分の代わりに男娼にされてしまうのだ。
(なんとかして借金を返して、……家を再興するのだ)
 その為なら、なんでもするつもりだ。
「お客さんがいい人だといいね……」
 心なしかそう呟くコリンナも元気がない。
「どうした? 何かあったのか?」
 リィウスは自分の状況もわすれてコリンナの気落ちした顔に気を引かれた。
「うん……あたしも客取る日が決まったの」
「……そうか」
 薄桃色のチュニックから伸びるコリンナの華奢な腕は痛々しいほどに細く、翡翠色の瞳はいつになく翳を帯びている。人の心配をしている場合ではないが、リィウスの胸は痛んでしまう。
 ふとリィウスは、今頃ナルキッソスはどうしているだろうか、と思った。家で心細い想いをしていないだろうか。
(アンキセウスがいてくれるから、大丈夫だとは思うが)
 会いたい、とは思うが、今の状況ではかなわない。家に戻ることはできないし、ナルキッソスたちを柘榴荘に呼ぶわけにはいかない。誇り高いリィウスは、男娼としての自分をナルキッソスやアンキセウスの目に晒したくなかった。
 そして、いよいよ、本当に客を取る日が来るのだ。
 そのとき、自分はちゃんと相手をできるだろうか。
 どうしてもそのことを考えてしまう。
 自分を金で買おうという男を前にして、他の女たちがそうしているように媚を売り、脚を開くことができるだろうか。考えたところで仕方ないが、やはり考えこんでしまう。
 好色な客を相手に、館の娼婦たちがしているような真似をしている自分を想像すると、吐き気がしてきて背筋がこわばる。
 リィウスは暗澹あんたんたる気持ちになってきた。
「お兄さん、大丈夫? 顔色悪いよ」
 年下のコリンナに心配されている自分をリィウスは笑った。
「ああ……」
 どうにか苦笑してみせる。
「しょうがないよね、ここへ来たんだから。……お互い、がんばろうね」
 そう言われても、どうしていいのかわからないリィウスだが、コリンナの真剣な励ましに笑ってみせるしかない。
「ああ」
 そうするしかない。
「がんばろうな……」
 リィウスは力なく笑ってみせた。
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