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止まらぬ時 一
しおりを挟むその日の朝は、いつもより熱をもった風を感じ、どこか遠くから羊の鳴き声が聞こえてきた。
「きっと、羊の毛を刈ってるんだよ」
二人きりのとき、コリンナはくだけた言葉づかいをする。
「羊の毛は、日中の一番あたたかいときに刈るのがいいんだって。太陽が油をふくんだ羊の毛をやわらかくしてくれるから扱いやすいんだって」
「よく知っているな」
寝台に横たわったまま、リィウスは蜂蜜酒の杯を渡してくれたコリンナに礼を言う。
身体のふしぶしが痛む。だが、肉体の痛みより心の痛みの方がきつかった。
先日のことに関しては、コリンナは何も言わない。まだ幼げなコリンナだが、娼館で生きるには余計なことは言わず、見たことも見なかったことにするのが一番だと本能で知っているようだ。
なかなか割り切れないでいるのはリィウスの方だ。コリンナが軽食を持って室に入ってきたときも、どんな顔をすればいいのかわからず、不貞腐れた子どものように寝台につっぷしていた。
それでも、卓に置かれた皿の上の麺麭を少しちぎって、どうにか口に入れた。
家にいたときは、麺麭を葡萄酒に入れて溶かすようにして食べたものだが、今は葡萄酒を求めるのは無理だろう。添えられた干し葡萄も、かなり無理をして口に入れた。やはり体力はつけておかないとならないし、なにより、なにかと気を遣ってくれるコリンナの誠意を無駄にしたくなかった。
この娼館に来て十日以上が過ぎたが、思えば、ここでもっとも親しくなったのは、この幼娼婦かもしれないな、とリィウスはどこか悲しく思った。
「ね、今日、最初のお客さんを取る日だけれど……、大丈夫?」
「ああ」
リィウスはぶきらぼうに言う。
覚悟は決めたはずだが、本当に自分に男相手に身体を売るなどという破廉恥な真似ができるだろうか。いざ、そのときになって、悲鳴をあげずにいられるだろうか。考えただけでも、今すぐこの館から逃げ出したくなるというのに。
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