燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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火焔の初夜 一

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「リィウス、なのか?」
 声に聞き覚えがあることにリィウスは内心驚いた。
 まさか……、という想いが胸を打つ。
 まさか、信じたくない。だが、あり得ないこともない。
 顔をおおっている炎の色のヴェールが今のリィウスの唯一の拠り所であった。だが、それも相手がのぞめば取らなければならない。もともと、取ることを目的として与えられた布なのだ。
 恐る恐るリィウスは目を開けた。
 そして、絶望に悲鳴をあげたくなった。
「リィウス……」

 ああ……! 悲痛な叫びが胸内で響く。
「……ディオメデス?」
「そうだ。俺だ」
 心なしか相手の声もわずかに緊張をふくんでいるようだが、それはリィウスの緊張には比べようがない。
 なんということだろう。よりにもよって、一番会いたくない相手とここで、この場で会うとは……。リィウスは泣きだしそうになるのを、必死の努力でこらえた。
「目を開けろ、リィウス。俺を見ろ。俺がおまえの客だ」
 欲望に熱くなっている声がリィウスの鼓膜に痛い。
 往生際おうじょうぎわ悪く顔をそむけようとしたリィウスの顎が、ヴェール越しに固い手につかまれる。
「あっ……」
 思わず声を漏らした。
 無言であらがってはみせたが、拠り所だったヴェールは剥ぎ取られ、無残に床上に落とされる。
 目の前には黄金の髪に碧の目の獣がいる。
「化粧をしているのか……。似合っているな」
 酒の臭いとともにそんな言葉を吹きつけられても、嘲弄としか感じられない。
 リィウスは羞恥に耐えられなくなり、また目を閉じる。目を閉じてさえいれば、暗黒の世界へ逃げれると信じて、むなしいあがきを続けた。
 だがさらに強い力で顎をとらえられ、それ以上は逃げることもかなわず、唇に生温かいものを感じた。
(ああっ……)
 接吻されたのだ。
 それは、リィウスにとっては初めてのことだった。
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