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影の館 一
しおりを挟む「うっ……!」
気品あるリィウスの顔が羞恥にゆがみ、唇から悲鳴のような声がもれる様子を、タルペイアはどこか冷めた目で見ていた。
白い肌、高貴な鼻梁、乱れる鳶色の髪。
今はまだ苦悶が勝っているその声を、いつか悦楽の声に変えてやる、という黒い野望がタルペイアの胸に満ちてくる。
同時に、その苦しみの声に、頭に遠い日の光景が浮かんでは消えた。
(ああっ……! ああっ……!)
(いや、いやぁ……!)
それは物心ついたころから聞きなれた女たちの情事の際のあえぎ、男たちの欲にまみれた咆哮だったのか。
いや、ちがう。そこには恐怖と苦痛がまさっている。
タルペイアの母は柘榴荘の女主であった。タルペイアが生まれたときからそうであった。祖母もまたそうだった。
祖母の母、タルペイアの曽祖母にあたる女性は、当時国有数の大貴族の出だったが、夫よりも浮気相手を愛し、ときの権力者アウグストゥスの風紀美化政策に違反したため、貴族の女性としての地位を捨て、みずから娼館の主として生きることを選んだ。そういう女性だったのだ。彼女が婚家を出たのは十四歳だったという。
そして浮気相手とのあいだに祖母を生み、祖母もまた結婚せず母を生んだ。タルペイアの祖母も母も、娼婦として生まれ、娼婦として生き、娼婦として若くして死んでいった。
おまえの母は生まれながらの淫乱だった――。
そう告げたのは、誰だったか。男であったことは間違いない。それは……タルペイアの父だと言われていた男だった。
タルペイアの父とされる男も母の客であった。母は女主の特権で客をえらぶことができたので、自分の意にそまない客はことわっていた。
タルペイアはあのとき、三つか四つ、いや、五つにはなっていたろうか。かすかに覚えている記憶では、当時よく柘榴荘に出入りしている男がいた。
男は当時有名な役者だったらしく、彼が来るたびに女たちが騒いでいるのを覚えている。
役者といっても、特に美男ではなかった。無言劇の役者であり、そういった役者はたいてい喜劇を演じるので、美形であるよりも、愛嬌のある顔立ちが好まれるのだと後に知った。
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