燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

文字の大きさ
104 / 360

影の館 一

しおりを挟む


「うっ……!」
 気品あるリィウスの顔が羞恥にゆがみ、唇から悲鳴のような声がもれる様子を、タルペイアはどこか冷めた目で見ていた。
 白い肌、高貴な鼻梁、乱れる鳶色の髪。
 今はまだ苦悶がまさっているその声を、いつか悦楽の声に変えてやる、という黒い野望がタルペイアの胸に満ちてくる。
 同時に、その苦しみの声に、頭に遠い日の光景が浮かんでは消えた。

(ああっ……! ああっ……!)
(いや、いやぁ……!)
 それは物心ついたころから聞きなれた女たちの情事の際のあえぎ、男たちの欲にまみれた咆哮だったのか。
 いや、ちがう。そこには恐怖と苦痛がまさっている。
 タルペイアの母は柘榴荘の女主であった。タルペイアが生まれたときからそうであった。祖母もまたそうだった。
 祖母の母、タルペイアの曽祖母にあたる女性は、当時国有数の大貴族の出だったが、夫よりも浮気相手を愛し、ときの権力者アウグストゥスの風紀美化政策に違反したため、貴族の女性としての地位を捨て、みずから娼館の主として生きることを選んだ。そういう女性だったのだ。彼女が婚家を出たのは十四歳だったという。
 そして浮気相手とのあいだに祖母を生み、祖母もまた結婚せず母を生んだ。タルペイアの祖母も母も、娼婦として生まれ、娼婦として生き、娼婦として若くして死んでいった。
 おまえの母は生まれながらの淫乱だった――。
 そう告げたのは、誰だったか。男であったことは間違いない。それは……タルペイアの父だと言われていた男だった。
 タルペイアの父とされる男も母の客であった。母は女主の特権で客をえらぶことができたので、自分の意にそまない客はことわっていた。
 タルペイアはあのとき、三つか四つ、いや、五つにはなっていたろうか。かすかに覚えている記憶では、当時よく柘榴荘に出入りしている男がいた。
 男は当時有名な役者だったらしく、彼が来るたびに女たちが騒いでいるのを覚えている。
 役者といっても、特に美男ではなかった。無言劇ミモスの役者であり、そういった役者はたいてい喜劇を演じるので、美形であるよりも、愛嬌のある顔立ちが好まれるのだと後に知った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

処理中です...