燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 人を笑わせるのが仕事だけあって、女たちをよく笑わせていた。彼が来ると柘榴荘のなかがにぎやかになり、女たちの笑い声が廊下にひびき、館中が華やいだものだ。幼かったタルペイアも彼が好きだった。優しい、あたたかな腕と、彼のタルペイアを見る、おだやかな黒い目が好きだった。
 柘榴荘という、冥界から摘み取られてきた暗黒世界の香をしのばせる果実の名をもつ館に、彼は太陽の光をもたらしてくれるように思えたのだ。
 幼かったタルペイアはよく彼の膝にのって、おしゃべりしたりおやつを食べたりして楽しく過ごしたものだった。タルペイアの、ひどく短かった子ども時代の、数少ない、いや、ゆいいつ楽しい思い出の時間だった。
 当然、そんな微笑ほほえましい時は、長くはつづかなかった。
 ある日、大地が割れるような激しい物音が館じゅうをふるわせた。
「どこだ!」
「いたぞ!」
 あらわれたのは黒いなめし革の防具に身をつつんだ屈強の男たち。
 娼館にはたまに騎士や都の警吏が来ることはあるが、彼らの装いとは違っていることから、正規の軍人や兵士でないことは幼いタルペイアもほとんど直観でわかった。
 なにより彼らのかもしだす異様な空気が、タルペイアや女たちに、これはただごとではないことを瞬時に悟らせた。女たちは悲鳴をあげて逃げまどった。
 さすがに母は女将としての責任から逃げはせず、彼らの前に立った。
「あなた方はなんですの? 誰の許しを得てここへ入ってきたのですか?」
 頭らしき年長の男が、蔑むような目で母を見た。娼婦ごときがなにを偉そうに、という侮蔑の感情を隠そうともせず。
「あんたに用はない。……おい、グナトンとうのはおまえか?」
「は、はい」
 呼ばれた彼はおそるおそる立ちあがり、彼らの前に行った。このときはまだ、なにかの間違いか誤解だと彼も母も思っていた。
「役者のグナトンだな?」
「は、はい」
 答えた瞬間、男の拳が彼の頬を打った。
「きゃー!」
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