燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 そして、ときにそんな清廉な相手から嫌がられる自分を自覚しているというのに、自分を嫌いさげすむ相手に魅かれてしまうのだから、我ながら不思議だ。
 鈍感なメロペはアスパシアの反発にまったく気づいていないが――彼は、よもや娼婦が自分を軽蔑するなどとは夢にも思っていないのだ――、ナルキッソスの方は、アスパシアの瞳に感じるものがあるらしく、ややむっつりとした顔になり、一瞬、ほんの一瞬だけ、アスパシアと睨み合うかたちになった。
 聡明なアスパシアはそれを瞬時に悟ったようだ。暗い鳶色の眉がかすかに吊り上がる。
 ナルキッソスの目と、アスパシアの目が、刹那、たがいの視線を受けて、火花を散らした。エメラルドと琥珀の玉がぶつかりあって弾けるように。
 いけ好かない……。互いにそう思ったことだろう。
 ディオメデスは、やや興奮して、芝居の一幕を見るような想いで二人の無言劇を見守っていた。潔癖な娼婦と、淫乱の色子のような少年の視線の応酬に、つい笑い出したくなる。
「おい、いつ始まるんだ?」
 二人の微妙な摩擦にまったく気づいていないメロペは、涎を垂らさんばかりにして、布幕をめくろうとする。
「もうそろそろですわ」
 小さな覗き穴からはこの人数全員が見るのは無理なので、今日は室幕を張って潜んでいるのだ。この時代、帳や幕は布の扉である。だが、布越しでは、大きな声を出せば、リィウスに気づかれてしまう。アスパシアはそれが心配でしたかたないようだ。
「お願いですから、絶対にばれないようにしてくださいね。リィウスはずいぶん気位が高そうですから、あなた方に見られているのを知ったら、突発的に舌を噛んでしまうかもしれません」
 アスパシアの目はナルキッソスに向けられていた。そして、少年のうしろに控えている従者らしき男に。従者は、アスパシアの視線に身をすくました。
 彼女は、どうしてリィウスの身内になるという彼らがこの場にいるのか、納得できないのだ。しかも、あきらかに興奮し、楽しがっているようなナルキッソスの心理が許せないのだろう。
 ディオメデスさえ不快に思うぐらいなのだから、無理もない。
 だが、そう思った瞬間、布の向こうで風が起こった気配がした。そして、数人の足音が響いてきた。


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