燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 幸い、リィウスの放った唾はタルペイアにはかからなかったが、その頬は青白いほどに冷めて見え、アスクラは鼻白んだ。
「困った奴隷ねぇ……」
「ひぃっ!」
 いきなり、タルペイアは右手の指でリィウス自身を握りしめた。
 これはこたえたようで、リィウスは馬上で背を丸める。苦痛にふるえる太腿が、馬の腹をしめつけ、悶えるようにうごめくのが、なんとも色っぽい。
「うう……」
「じっくりお仕置きしないとねぇ。お客様を全員この場へお招きして、おまえのこの惨めな姿を見てもらおうかしらね?」
「ああ……!」
「いいえ、それだけじゃ物足りないわ。ローマの広場にこのまま連れていってやろうかしら? 青銅の馬に乗せて、明日一日中晒してやるのはどうかしら。ねぇ、ウリュクセス様?」
「それは、さぞ見物だろうね。広場に人が集まることだろう」
 ウリュクセスがにんまり笑う。リィウスの無残な様子を想像してたのしんでいるのだ。
 リィウスは心底怖ろしくなった。
 ウリュクセスのような男なら、ひとときのたわむれのために、人を使ってそれだけの手間暇かけてもたいした痛手ではない。
「なかには知り合いの貴族もいるかもしれないわね。リィウス=トゥリアス=プリスクス様のこんなすごい格好を見たら、どう思うかしら? 明日にはローマじゅうの噂になっているでしょうよ。きっとおまえの義弟の耳にも入って、びっくりすることでしょうね」
「ああ、やめてくれ!」
 リィウスの声は泣き声になっていた。
「ふん! だったら、生意気な態度はとらないことね。いくら名門貴族の出とはいっても、いまはこの柘榴荘の男娼、私の奴隷のようなものじゃない? わかっているの?」
 むごくも、タルペイアはリィウスの髪をわしづかみにして引っ張る。リィウスにとってはたいへんな侮辱と苦痛だ。
 だが、血を吐くほどの恥辱に、今は耐えなければならかった。万が一、本当に広場にこんな姿でさらされてしまえば、家名には永遠の傷がつく。リィウス一人なら舌を噛み切って死ねばすむが、後にのこるナルキッソスは一生、世間に顔向けできないのだ。
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