燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「どうしておまえのような美女がこんな店にいるんだ? おまえぐらいの器量なら、もっと良い店に移れるだろう?」
 エウトュキスは嬉しそうな顔になった。墨で黒く塗った目元が蠱惑こわく的だ。
「ありがとう。誉めてくれて。でも、良い店だと、行儀作法とかうるさく言われるのが嫌なんだ。身分高い客の相手なんて、けっこうしんどいもんだし。あ、お客さんは別だよ」
 さすがに彼女にも、ディオメデスが、いくら質素ななりで来ていても、貴族だということは判るらしい。ディオメデスは苦笑した。
「俺の相手は気楽か?」
「うん。お客さん、気さくだし優しいし」
「優しい? 俺が?」
 本気で驚いた。思わず寝台の上でディオメデスは上半身を動かしてしまった。
「俺のどこが優しい? 俺は酷い男だと言われているのだぞ」
 このときディオメデスの頭に浮かんだのは、鳶色の巻き毛の青年だった。蒼い瞳が悲しげにきらめき、恨みをふくんでディオメデスを見てくる。小針で胸を突かれた気がした。
 だが、彼の言葉に、今度はエウトュキスの方が驚いた顔になった。
「えー、だって、お客さん、優しいじゃない? ここに来る客は……、この店には金持ってそうな客も来るけれど、そういう奴らにくらべたら、ちゃんとあたしらのこと人並みにあつかってくれるし」
 場末の店にくる小金持ちの客というのは、夜の蛾とよばれる娼婦なぞ、人間とも思っていないのだそうだ。
 酷い目に合わされた女たちも大勢いるし、そもそも金をもらって身を売るということは、そういうものだと割り切るしかないのだ、と。ときには、本当に死んでしまった女や、連れ去られて帰ってこなかった女もいるという。それでも店主は金を払ってもらう限りは、何もいわない。だいたいが、娼婦にかぎらず、この時代は特権階級の人間や普通のローマ市民からみれば、金で売り買いされる奴隷たちは、はなから人間と見なされていないのだ。
 彼ら奴隷と家畜の差は、物言う道具か、音を発する道具か、というぐらいだ。
「勿論、普通に遊んでいく普通の男たちも多いけどね」
 とりなすようにエウトュキスは笑った。
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