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 昨夜のあのひどい責めのあとでは、いくら無情なタルペイアでも、リィウスの心身をおもんぱかって、今日は仕事をさせていないだろう。それを希望している自分にディオメデスは気づいた。
 だが次の瞬間、ディオメデスは飛び起き、かたわらのエウトュキスをまた驚かせていた。
(そうだ。うっかりしていた。今夜べつの男を客に取らされるかもしれないのだ)
 何故、そんな当たり前のことを考えなかったのか。ディオメデスは臍を噛む。
 水揚げしたのはディオメデスだったし、聞いた話では翌日は寝込んでいたという。起き上がれるようになってからは、ディオメデスがつづけて金を払って夜毎リィウスを抱いた。
 だが、昨夜はあのすさまじい責め図にディメオデス自身もなぶられたような、のぼせたような、ぼんやりした心持ちになり、柘榴荘をそのまま引き上げ、夜のローマをふらつき、気づけばこの店に来ていたのだ。
「今夜も、客を取るのか?」
 思わず、そんな言葉をつぶやいていた。その問いのような言葉に、エウトュキスが目を見開く。
「え? ええ、それが仕事だからさ」
 自分に向けられた言葉だと思ったのだろう。この状況では当然だ。
「ごめんよ。でも、それであたしも食べてるから。嫌なら、お客さんがまた買ってよ」
 前半の言葉はしんみりと、後半の言葉は明るく響く。辛いことも、やりきれないことも、この女はそうやって、あっさりと笑いとばすことで乗り越えてきたのだろう。
 感服するが、今は、エウトュキスのことどころではない。ディオメデスは、気づくと急いで身支度をしていた。この店に入るときトーガを従者に預けてきたので、準備か簡単だ。外で控えている従者に声をかけた。
「どうしたのよ、お客さん、急にあわてて」
「いや、すまん、用事を思い出したんだ。これ、少ないが」
「あら、こんなに? ありがとう」
 無邪気に笑うが、その黒い目は一瞬、もの憂げに見えた。
「あ、待って、お客さん、お見送りするから」
 ことわる暇もあたえず、エウトュキスがついてくる。だが、藍色の粗布のとばりを開き、並ぶように二人せまい廊下に出た瞬間、エウトュキスの顔色が変わったのがディオメデスにもわかった。
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